2015年8月12日 (水)

再生可能なもの、再生可能ではないもの On Renewable Energy

Dsc_0334立山の稜線から見た黒部ダムです。黒部ダム建設1960年代に行われ、世界銀行からも融資が行われました。当時は画期的な発電所で、建設工事は映画化もされ、エネルギー供給の大きな役割を果たしてきました。出力は335MWで当時は大きなものでしたが、その後にできた福島第一原子力発電所の2号機から4号機の一基当たり出力は784MWで、黒部第4発電所はその半分にもなりません。一方で、黒部第4ダムの建設によって黒部渓谷最上流の「上の廊下」と言われていた部分が水没しています。水力自体は「再生可能」ですが、一旦自然に加えられた変化は再生可能ではありません。エネルギーは生活に不可欠ですがその生産には多大な犠牲が伴います。そう考えると電気の無駄遣いはできなくなります。2015年8月12日撮影
A view of Kurobe No.4 Damfrom a ridge line of Tateyama mountains. The dam and the hydro power station with installed capacity of 335MW downstream was constructed in 1960s partly financed by the World Bank. By the construction, the upper stream of Kurobe River Valley, or Upper Corridor as trekkers called, which was rich in fauna and flora was submerged. We have to pay attention to the fact that an alteration of nature is irreversible although hydro power itself is renewable. 

2014年11月29日 (土)

千年単位で見た開発と持続性  Society in Stationary State and Development

1782102_791070800938980_39126550171今日は千葉大学で国際開発学会の全国大会でした。朝一番のセッションの「定常化社会におけるdevelopment」の座長、兼報告者として「千年単位で見た開発と持続性」という報告をしました。ちょっと大言壮語系かとも思いましたが、持続性を考える場合には数百年から千年単位でのパースペクティブが必要であること、また持続的な定常状態は現在の延長線上では不可能で、縮小均衡という困難なプロセスが不可避になってくることデータを使って説明し、それを前提として、市場の役割、公共政策の視点、プロジェクト計画の問題、特に現在価値割引による費用便益分析の問題などを取りあげました。早稲田大学名誉教授の西川潤先生から厳しいコメントがありました。先生のコメントで今後の研究の方向性がクリアーになった感じがします。
The 25th annual conference of Japan is taking place at Chiba University. on 29th and 30th November. At the first session today, I chaired a session on " Society in Stationary State and Development". I also presented a paper titled "Development in perspective over centuries: from development to envelopment". The intention of the session is to provoke discussion on material basis in general, energy in particular, of what we call "Development" and insustainability of development if we continue our economy as business as usual, in view of exhaustible nature of fossil fuels.

2013年5月30日 (木)

大学の国際協力活動への参加の評価(1)

5月26日に「JICA地球ひろば」で日本評価学会の春季第10回全国大会が開催されました。私は共通論題セッション「大学の国際協力活動への参加の評価」の座長と発表者を担当しました。

1990年代以降、大学が国際協力活動を積極的に展開するようになってきています。一方で大学の国際協力活動については、その成果をどのように評価するかについてはまだ充分な議論が行われているとは言い難い状況にあります。以下の2点が議論すべき点と考えています。

(1) 最近多くの大学が国際ボランティアや学生の海外活動を教育プログラムに取り入れるようになってきている。またインターンも盛んになってきており、これらをあわせて「サービスラーニング」という範疇で考える大学も出てきている。プログラムの大学教育の中の位置づけは、それによって何を達成しようというのかという目標にかかっている。それにあわせて学生の成績評価をどのように行っていくかも異なってくる。具体的には、①これらのカリキュラムの中の国際協力活動の目的、目標は何か、②そのように評価するのか、②これまでの各大学の取り組みはどのように評価できるのかなど。

(2)大学あるいは大学院それ自体の設置目的を国際協力に置いているところもある。これらは主に80年代末から設置されてきたもので、すでに20年以上の歴史を有する学部・大学院ものもあるが、この20年間の成果とは何だったのか。 具体的には設置目的は達成されたのか、どのような効果や社会的なインパクトがあったのか?

このテーマで活発な議論が行われましたが、研究を中心とした大学なのか教育を中心としているのか、大学の置かれた状況によって大学のがどのように国際協力に取り組めるかは大きく異なることが浮き彫りになりました。

まずは、私の報告と議論からご紹介いたしたいと思います。

1私は2004年3月まで国際協力銀行(99年までは海外経済協力基金、現国際協力機構)に勤務し、同年4月に大学に転職して今日に至っていますが、当初、大学の国際ボランティアの担当を指示され、ボランティアの科目化とともに、2004年と2005年の夏に東ティモールへの学生ボランティアを企画、引率し、孤児院の支援などの活動を行ってきました。事情があって2006年に国際ボランティアの担当から離れましたが、その後も、毎夏、研究室(ゼミナール)の学生を引率してインド、カンボジア、ラオスなど開発途上国における現地の人々とのコミュニケーションを重視した実習を実施しています。

この中で考えてきたのは、大学は「教育機関」であり、教育プログラムとしての成果を第一義的に達成しなければならない一方で、大学の国際ボランティア活動が海外支援活動である以上、援助機関やNGOの行う活動同様に、活動としての成果やインパクトの実現やアカウンタビリティーを確保しなければならない。この二つはどのように両立可能か、ということです。

2特に、大学がカリキュラムの中で、PDCAサイクルなど国際協力活動としての基本が確保されないままに進められているのではないか、人的制約の中、教員の専門性が十分確保されているのか、現地への安易な介入になっていないか、また現地への過大な負担を生じていていないか等をチェックすべきと考えていました。大学の場合、どうしてもスケジュールや内容を大学の事情に合わせざるを得ず、通常の国際協力活動以上の難しさがあると考えたからです。また、カリキュラムの中に組み込む場合、そもそも何を評価するのかについての共通認識を形成するのが難しく、「よくがんばりました」「やる気は素晴らしいです」というような「心情倫理」に流れやすく、学生と対教員の個別の関係性が評価に左右するなど問題があるのではないかと考えてきました。

何を評価するのかが難しいということはとりもなおさず何を目標とすべきか共通認識を得るのが難しいということです。ボランティアや海外実習を科目として設置する場合、大きく把握して3つの目標があると思います。

(1)問題発見、解決能力の獲得、向上:国際協力活動としての効果を評価することによる援助や介入の有効性を学んでいこうというもので、教室での座学と対になります。科学的方法論なども含めます。もう一つは参与観察的な学びによる問題発見で、実際の問題が何でどにような解決が可能なのかを学ぶことです。これれは、いわば臨床実習といっていいでしょう。分析能力や政策立案能力の向上も目指します。実は私もこの目標を第一義と考えてきました。

(2)コミュニケーション能力の獲得、向上:これは他者との関わりからコミュニケーション能力を目指そうというものです。他者への共感能力を育むことは極めて重要です。

(3)学生の変化の促進:主体的な行動や世界の諸問題の関わりへの意識を高めようというものです。これもきわめて重要だと思います。しかし、私のゼミの学生が質問表形式でデータを集めて卒業研究で分析したところでは、ボランティアへの参加あるいは関心の有無と社会的問題との関心度の間には有意な相関関係はありませんでした。

3そこで、問題になってくるのは実際に学生が活動を通じて何を学んでいるかということです。これまで、海外ボランティアなどの国際協力活動に参加した経験を卒業研究のテーマにした論文などや活動報告、あるいは直接ヒアリングで得られた情報を検討すると、学生が以下のようなことを学んでいることがわかります。

①支援側が「よい」と思うものを持ち込んでも、相手に内発的な動機がないと効果はあがらない(2004-05東ティモール)。
②モノやカネを持ち込む支援は「援助依存」を招くことがある(2004-05東ティモール)。
③エスニックな対立があるようなコミュニティーに安易に介入しているのではないか。
④「外部者が入ることで、本当の姿を見せようとするのではなく、あえて良い姿や悪い姿を見せようとすることがある」「外部者は、自分が見ようとするものを見て、住民は外部者が見ようとするものを見せるということになりかねない。(2010年卒 ネパール)
⑤住民と外部者の関係性が「支援する側と支援される側」であり、この関係は力関係においての「上位の者と下位の者」という関係性を作り出す。この関係性を作り出す原因の一つに、外部者の「上から目線」がある(2010年卒 ネパール)
⑥外部者の介入はしばしば地元の人間関係に変化をもたらすことに注意しなければならない(2009年卒、ケニア、インド、ネパール)
⑦カメラを構えることによって観察者の目線になってしまう(2009年卒、ケニア、インド、ネパール)
⑧ボランティアを単位認定するのはおかしいのではではないか

このような「学び」の証言から、上に述べた3つの目標を「弁証法的」に総合する視点が浮かび上がります。

(1)コミュニケーションが重要であり、途上国の人々と同じ方向を向いて同じ地平で考えなければ問題を発見することはできない。

(2)またコミュニケーションを通じて他者の立場への配慮を学ぶことができるが、これが学生の変化としてきわめて重要である。

(3)これらの問題の発見と変化を通じて学生、住民それを取り巻く社会(大学を含む)総体としての対処能力の向上を図ることができる(当然ここで支援・介入の手法の妥当性、友好性、持続性などを学んでいくことになります)。

このプロセスは国際協力における、JICAやUNDPなどが重視しているキャパシティー・ディヴェロップメントの考え方に沿ったものと考えられます。大学のミッションとしても矛盾なく両立できるでしょう。

(続く)

写真
(1)農作業:東ティモールでのボランティア活動(2005年)
(2)衛生教育:同(2004年)
(3)孤児院の修繕:同(2004年)

資料
予稿集「article_130526.pdf」をダウンロード
プレゼンテーション「presentation_ppt_130526.pdf」をダウンロード

2013年4月 6日 (土)

中国とアフリカ、日本の立ち位置

3月21日から31日までケニア、タンザニア、クウェートとまわりました。ちょうどこの時期、中国の習近平主席がタンザニア、南アフリカなどいを歴訪した時期と重なり、特に私がタンザニアのダルエスサラームに到着したその時間帯は習近平主席が出発する時間で、空港周辺で交通渋滞に巻き込まれたりしました。そういう時期でしたので、アフリカのおける中国のプレゼンスがどうしても気になりました。

Img_0304まず、最初に訪問したケニア。 ナイロビに到着しチェックインしたホテルの中は中国語だらけ。1年程前にオープンした中国人資本・経営の「東土大酒店」(Eastland Hotel)です。館内の表示がすべて中国語であるだけではなく、内装や調度品も中国から運んできたようでまるで中国出張に来たみたいに感じました。中国でも最近は内外装とも国際レベルのホテルが増えてきている中、ある意味、中国国内以上に中国的に感じます。宿泊客は中国人が大部分でしたが、欧米人もいて中国人専用というわけではないでした。レストランの中華料理は中国国外で食べられるものとしては最高のレベルでした。

2013_0327056それよりも驚いたのはタンザニアの首都ダルエスサラームから西に約250キロのサバンナの真ん中、私がフィールドにしているキロサへ行く途中のマサイ族の遊牧地に突然切り開かれた土地が出現していて、漢字の標識で「神農公司」と表記されていたことです。どうやら中国の農業会社が購入したらしいですが、このような奥地でいったい何を栽培するのでしょうか? 中国の企業が農業生産を目的としてアフリカの土地を購入していることはニュースで伝えられていますが、やはりこの目でみると驚きます。今、問題になっている土地収奪" Land grabbing"に相当するものかどうかはただちに判断できませんが、この周辺が遊牧民の生活圏であること、農耕民と遊牧民がこれまでも土地利用をめぐるいさかいを起こしていることから考えて、収奪ではないかとの懸念を打ち消すことをできません。このような部族間の利害相反の間隙や分断を縫って土地を取得したようにも思います。同行の現地の方はマサイ族ではないので、特に意見は言いませんでしたが”Chine is terrible"(中国はすごい) とつぶやいていました。しかし、一番近い町からでも未舗装の道路を50キロほど走った山中のこの場所は不便極まりないところです。習近平主席がタンザニアを就任後最初のアフリカ訪問国に選んだことが示すように、中国はタンザニアにかなり力を入れています。これから中国は道路整備も支援していくのかもしれません。

2013_0329004中国のアフリカ支援は今に始まったことではありません。1970年からタンザニア・ザンビア間の鉄道建設などを支援してきたほか、私が北京に滞在していた1980年代前半には北京の語言学院をはじめとする教育機関には多くのアフリカ人留学生が来ていました。中国政府はアフリカ諸国の大使館設置に際しては事務所や大使館員の居住施設を優遇していました。地価の高い東京への公館設置をせず北京の大使館が日本を兼轄していた国もいくつかありました(まだあると思います)。それは、第一には国連などでの多数派工作に資するものと戦略的に位置づけていたことは明らかです。この結果、アフリカ諸国とって中国はかなり寛大な援助者になっています。もっとも私が北京にいたころ、アフリカ人の留学生が起こした婦女暴行事件が中国人のアフリカ人蔑視意識に火をつけて、これに対しアフリカ人側も抗議するなど、かなり険悪な一幕もありました。

中国の対外援助は欧米と違って「人権」等の条件をつけないのでアフリカ諸国からは歓迎されてていますし、道路や港湾などの基礎的なインフラが得意なのは日本と同じです。かって、日本の援助も、現在中国が批判されているの同じ理由、すなわち人権軽視、貧困対策よりインフラを重視しているなどと(主に欧米諸国から)批判されていたことがありました。一方、ザンビア出身のダンビサ・モヨさんは「援助じゃアフリカは発展しない」の中で、”中国はビジネスと割り切ってインフラ建設の支援の見返りで資源確保しているので、アフリカ諸国にとってもわかりやすい。道路は産業発展のために不可欠だがアフリカは整備が遅れている。中国のインフラ支援は効果をあげている”、ということを強調しています。中国のコントラクターは自国からアフリカの悪条件でも比較的低い賃金で働く技術レベルの高い労働者を連れてくるので他の国は太刀打ちできないです。アフリカだけではないですが、日本の援助でインフラの土木工事を行う場合でも、国際入札にかければ中国の建設会社が競争力があって有利です。例えば日本の円借款で実施されているケニアのモンバサ港拡張事業は中国の建設会社が落札し、現在工事が進んでいます。

001098では、日本の立ち位置はどうしたらよいのでしょうか? 私はこれまでの日本のインフラ中心の援助は重要だと思います。特に都市インフラの分野、マス・トランジットなどはそもそも日本の得意分野です。一方で、これからは工事や事業によって影響を受ける人々への社会配慮や環境配慮を強化していかなければならないと思います。以前、私がインド担当だったとき、道路プロジェクトで「立ち退き」の問題がありました。実は道路用地に住んできたのはインド側に言わせれば「不法占拠」者だったので、インド側は「立ち退かせる」の一点張りでした。私は合意議事録に今住んでいる人の生活権が確保されるような規定を求めたのですが、「法的な権利がなけば保護はされない」という限界を突き破ることができず、結局「人道的に対処する」という言い方で妥協せざるを得ませんでした。はっきり言って、それ以上抵抗しても今度は背後(日本政府)が後押ししなかったでしょう。当時、ナルマダダムやネパールのアルンIII水力発電所などなど大きな論争になった事業もありました。ナルマダやアルンは世銀との協調融資でしたので、世銀が設置した第三者パネルや外部専門家の調査結果を踏まえる形で事業は中止になりました、ただ、ナルマダダムはそのあとインドが独力で完成させています。途上国政府は経済成長を加速したいということから、往々にして人権や社会、環境配慮を煙たがります。そこが中国が歓迎されるゆえんです。

しかし、成熟した先進国として、人権や社会・環境配慮を重視していく方向こそが、日本が提供できる国際公共財だと思います。それは日本のソフトパワーを高めることにつながっていき、いい意味で中国などを牽制していくことにつながります。タンザニアのお隣のモザンビークでは日本とブラジルが進める大規模農業開発事業が論争になっています。影響を受ける人が十分納得できるだけの説明や、無理であれば引き返す勇気が必要です。日本が進出しなければ中国が進出してくる。それはそうかもしれませんが、だからと言って日本が中国と同じことをしてもいいということではありません。むしろ、人々の人権を確保し生計を支えるためのルール作りに積極的にコミットすべきだと思います。「日本がいたからこそこれだけ配慮してもらえた」というところが鍵になります。そのためにも各方面とのコミュニケーション能力の強化は不可欠です。そのうえでインフラ整備を進めていくことが重要だと思います。

写真(1) ナイロビのEastland Hotelのパンフレット類 すべて中国語
写真(2) サバンナの奥地に漢字の標識と赤い星。「神農公司」
写真(3) ダルエスサラーム市内 習近平主席歓迎のバナー
写真(4) ネパール「アルンIIIプロジェクトの現地対話集会」1992年6月

2013年3月15日 (金)

インドのNGO"Goonj" 人間の尊厳を目指したパラレルエコノミーの試み(1) 「ノンイシュー」

2012年のGDN世界開発賞のインドのNGO/社会企業家、グーンジ”Goonj”のアンシュ・グプタ(Anshu Gupta)氏をお迎えしての研究会を、JICA研究所(新地球ひろば)で39日に開催しました。グプタ氏は310日、11日に開催された東日本大震災関連のシンポジウムに出席するため来日し、9日にJICAの立ち寄る機会をつくっていただいたものです。

以下、グプタ氏のプレゼンテーションおよび質疑応答の概要をご報告します。

(1)まず、「気が付かれていない問題」(ノンイシュー)がいかに重要か話したい。ニューデリーの新空港には最先端のトイレがありどのように使っていいかもわからないほどである。一方では鉄道駅には満足なトイレも給水施設もないことが多い。これはインドのように急速に発展している国の抱える問題である。その中で問題として気が付かれていないノンイシューがある。その一つが衣服である。

Gedc1547(2)衣服は衣食住の生活三要素の一つであるが議論されることが少ない。また衣服に関してはさまざまな誤解がある。災害時の緊急支援に衣服が提供されることが多いが、衣服は一着目だけが不可欠であって、二着目は負担になる。それは、災害によって家が失われ保管場所がないからである。また、衣服の支援を受け取った場合、分類。整理に多くの人手が必要であり、他のやるべき仕事を圧迫してしまう。衣服に関しては地震や津波などの大災害以上に不適切な衣服で犠牲者が出ている悲劇がある。それはインドの冬の寒さである。インドの都市と農村では所得も健康状態も嗜好も体格も異なる。所得格差があるため農村あるいは近隣国の人がデリーなどの都市出てくるが、生活は厳しい。特にデリーは気候が厳しく夏は45度以上になる一方で冬は2度まで下がり、暖房施設もない。このため多くの人が行き倒れて凍死する。行き倒れた遺体を収容してリキシャ(オート三輪)で火葬場に運ぶビジネスがある。一回20ルピー。寒さが特に厳しかった1994-95の冬は毎晩10人ー12人が収容されていた。夏でも一人4-5はいる。このリキシャ業の家族とあるとき一週間一緒に過ごしたが、この人たちも満足な衣服がない。リキシャ業の子供は寒いときには遺体の間で寝ることもあると言っていた。このような深刻な状況になるのに深刻な社会問題とも認識されていない。まさにこれがノンイシューである。

(3)もう一つのノンイシューが女性の生理用品である。女性は誰でも一定年齢になれば生理用品が必要となる。インドでは多くの人が不要になった布きれから自分で作った不完全なナプキンを不十分な洗浄で使用し、生理のサイクルが異なる家族で共用したり、砂、灰、新聞紙、プラスチックバッグなどを代用品として使用したりするケースも多いが、不衛生のために命を落とす女性もいる。しかし社会的タブー等もありだれも語ろうとしない。7-8年前にグーグルで検索した時にはインドだけではなく世界中で探してもこの問題を議論している情報はなかった。

2012年5月25日 (金)

医学に近づく開発学

開発援助に本当に効果があるのかという設問への回答は難しいです。開発援助が経済成長を促しそれが貧困削減につながっているという研究は多くなされ、これらの研究をつなげればある程度の因果関係も明らかになってきてはいますが、さまざまな条件や援助方式の限定つきです。"Dead Aid"(邦訳「援助じゃアフリカは発展しない」)のダンビサ・モヨや"White Man's Burden"(邦訳「傲慢な援助」)のビル・イ-スタリーのような援助効果に否定的な言説もまだ支持を得ています。

ここ数年、援助の実験的評価手法による効果測定が話題を集めています。RCT(Randon Control Trial: ランダム化比較試験)は、プロジェクトやプログラムの支援(介入)を受けた対象グループと介入を行わないコントロール・グループの比較を行うことによって、より「科学的に」効果の測定を行おうとするものです。このRCT手法によって得られた知見をまとめたアビシット・バナジ―(Banerjee)とエスター・デュフロの"Poor Economics”は大変面白い本で、最近邦訳も出ました(「貧乏人の経済学」山形浩生訳 みずず書房」)。ただ、このRCTによる評価にも批判が出されており、代表的な批判者の一人である世銀エコノミストのマーティン・ラヴァリオンは、RCTで検証が行われる検証は限定されてケースでしかなく、サンプルの選択バイアスが避けられるように見えても、その場でわからない要因が影響しうること、対象グループとコントロールグループの間に情報が共有されたりする「スピルオーバー」が存在すること、試験で受益する人と受益から排除される人を意図的に生み出すという倫理的な問題を回避できないこと、などを指摘しています。

RCTはもともと治療法や薬の効果を試す方法です。対象グループには本当の薬を、コントロールグループには偽薬を投与して、両グループの間に統計的に有意な差があるかどうかを確かめて治療法や薬の効果を検証するものです。ラヴァリオンの批判を薬の治験に例えると、男女、年齢などをランダムにグループに分けても、たとえば体質とか他の病気などその場でわからない要素があった場合、それらが看過されてしまうのではないか、ということです。

この話をより拡大して、開発論と医学のアナロジーにしてみたいと思います。ラヴァリオンのRCTへの批判を敷衍すると「RCTは個々のプロジェクトの有効性向上のための制度設計に役立つかもしれないが、国全体のレベルでの貧困状態の改善という視点が欠けている。それは医学的に言えば対症療法に過ぎず、全体の健康状態や体質改善につながらないことと同じだ」ということでしょう。全身の健康改善を重視する考え方を開発論で言うと「マクロレベルでの経済成長や貧困対策の実施すべきだ」ということです。ジェフリー・サックスの「ビッグ・プシュ論=援助を大量に投入することが必要」という主張は全身症状の改善を大量の薬や栄養素で図っていこうとする治療に相当します。

これに対し、援助の大量投入に否定的、批判的なイースタリーやモヨの主張は「免疫機能の強化を通じて自然治癒力を強化すべきであって、薬物の投与は免疫力をかえって低下させてしまうこともあるので有害だ」ということです。

最近病院には「セカンド・オピニオン外来」を設置しているところがありますが、それだけ治療法というものがまだ確立していないということだと思います。肝臓にはシジミがいいといわれてきましたが、最近では「シジミは鉄分が多く症例によっては肝臓に有害である」という指導に代わってきているのは一つの例ですが、知見の進歩でアドバイスもどんどん変わってきています。何十万という臨床例がある医学ですらそうですから、サンプル数が限られている開発論で処方がバラバラなのは当然かもしれません。。

RCTの意義もラヴァリアオンのそれへの批判もよくわかりますが、科学的な証拠が必要であるという点において両者は共通しています。科学的証拠に基づかない開発論や貧困削減策はいわば「怪しげな健康法」のレベルなのでしょう。しかし、科学的データが揃わなければ開発を行うべきではないというのも間違っていると思います。あえて「怪しげな健康法」であっても取り組まざるを得ないことがあるでしょう。あるいは、日常の中での健康の常識的配慮が欠かせないように、概ね正しいと思われる政策を迅速に実施すること必要です。

スーザン・ソンタグの名著「隠喩としての病」では、がん細胞を体内の反乱分子(insurgents)と位置づけています。それには科学的な根拠は全くないのですが、含意は極めて説得的です。内戦で反乱分子を武力で鎮圧したり、経済的、社会的に孤立させるのは、がん治療では手術や強力な薬物療法に相当します。しかし、このような侵襲性の高い(invasive)な治療は免疫力の低下などの副作用を伴います。反乱がなかなか収まらなかったり拡大する要因になります。根本的にはがんも反乱も、内部のファンダメンタルズを正常にし、ストレスを軽減し、バランスを正常化することが重要です。その後、ポール・コリアーとエンケ・ヘフラーが紛争のモデル化を試みました。これは膨大なデータ分析を通じて得られた知見ですが、紛争が生じる要因として「機会」と「不満」を重視しています。これはソンタグから示唆されるものを裏付けています。「機会」は譬えれば生活上のバランス失調、「不満」は肉体的、精神的なストレスに相当します。天然資源から生ずる利権などは、好きなものばかりを食べてその結果として起こる事態にそっくりです。

私も何回か入院したことがあります。入院していると担当医が学生を連れて回診に回ってきます。そのとき「医学は人の命を救えるが開発学はどうなのか・・・」と考えていました。人の命を救うための開発学を目指していきたいと思います。

2012年3月13日 (火)

国際ボランティア学会報告 (2月25日、26日)

少し遅くなってしまいましたが、2月25日、26日、滋賀県の立命館大学草津びわこキャンパスで開催されました国際ボランティア学会の概要について、あくまでも私が積極的に参加して理解したセッションと範囲という限定つきですがですが、ご報告いたします。
初日の25日の午前のセッションでは座長を務めました。5件の報告で国際協力でテーマは共通するが地域やセクターはばらばらでしたが、外部者としてのボランティアという共通項がありました。外部者はどう行動すべきか、外部者にできることは何かを議論しました。個別報告の中ではドナー主導のPRA(participatory Rural Appraisal)が、実際には援助側があらかじめ決めたプロジェクトを追認させるような形で使われており、真の参加型開発になっていないケースが紹介されました。いまだに「自分がやって欲しいことを人にも与える」という援助についてのナイーブな思い込みが通用しているようで、それが、援助機関レベルでのPRAの「誤用」につながっているのではないかと思います。まずは、その地域、その人々に何が本当に必要とされているか、外部者は人々の気づきのサポートに徹するべきでしょう。
25日午後の陸前高田市長や辻元清美参院議員らをお招きしての公開シンポジウムではアクターの連携が必要という基本ラインが見えてきたと思います。ご家族も亡くされた中で地元の復興を熱く語る陸前高田市長に共感しました。夕方のラウンドテーブは被援助国としての日本がテーマで、外務省のいうような「これまでの日本の援助が日本に対する支援につながった」という議論に私からあえて異を唱えました。キリスト教やイスラム教の世界では援助や連帯は「絶対者にたいする応答責任」として位置付けるられており、仏教で「喜捨」という考え方がの多くの文化で、援助にそのような互酬性はないと思う(したがって国際社会の協力や連帯のシステムそのものにコミットして日本を含む世界全体のリスク耐性向上を目指すべき)というのが私の問題提起です。
26日午前のセッションでは私自身の報告を行いました。アフリカなどで進みつつある援助調和という論点に関連付けて、様々なアクターの調整を行うモデルケースとして石巻の復興支援協議会の例を分析しました。質疑応答ではむしろ復興支援協議会での議論の例として紹介したボランティアによる民業圧迫の問題に議論が集中しました。ボランティアにはかえって復興や発展の阻害要因となってしまう"Do no harm " 問題があります。これは大きな論点ですので、引き続き研究していこうと思います。私の報告に引き続いての発表では、支援を媒介したインター•ローカルの関係性が議論になりました。日常から構築されてきた関係性が重要であり、また支援活動を通じ形成された新たな関係性も重要です。しかし、一方ではボランティアによる民業圧迫などの問題あり、市場、企業、ボランティア、行政などの関係の整理しながら進めて行くことが必要と思います。
26日午後の最後のセッションは「震災復興における学生への期待と大学の役割」をテーマとし、東北学院大学の報告、岩手県立大学の現役学生による「いわて銀河ネット」の報告などが行われました。岩手県立大学の学生は大学が動く前にまず学生で動き出して、災害後数日で学生が釜石市のボランティアセンター支援に駆けつけました。そのあと、全国の学生の受け入れプロジェクトを開始して現在に至っています。なぜ、岩手県立大学の学生が迅速に行動できたかといえば、普段から地域とつながる活動を行ってきたことが重要なファクターです。平時と緊急時のつながやネットワーク、関係当事者の情報交換や調整、これが、東日本大震災を通じてボランティアの課題として明らかになってきたと思います。
なお、最後のセッションでも私から「PDCAサイクルのC=checkをどのように行うか」について問題提起をしました。議論の中で、被災者との関係では、目標の設定と達成、インパクトをきちんと評価しなければならないという、明確な方向性が出たと思います。しかし、学生のボランティア活動の評価は別問題で、何を基準に評価すべきか、そもそも評価すべきかどうかについては、わからないことが多く今後の研究課題です。
全体として、たいへん有意義な大会でした。実行委員長をはじめとして、運営関係者の皆様に厚くお礼申し上げます。

2012年2月13日 (月)

国際ボランティア学会第13回大会「震災・ボランティア・コミュニティデザイン」

昨年2月19日、20日に、私が実行委員長を拝命いたしました国際ボランティア学会第12回大会を文教大学湘南校舎で開催しました。早くもそれから1年が経ちました。その節は皆様にご協力いただきまして大変ありがとうございました。あらためてお礼申し上げます。

前回の大会直後に東日本大震災が発生し、この一年、日本全体のボランティアの中心的な関心は、被災地の救援と、復興、生活再建でした。私自身も6回現地に入り、ボランティアに何が出来るか、考えるところが多かったです。

今年の国際ボランティア学会第13回大会では2月25日、26日の両日、立命館大学(草津キャンパス)で開催されます。全体テーマは「震災・ボランティア・コミュニティデザイン」東日本大震災にあたって、ボランティアがどのような働きをし、どのような課題があり、期待は何かなどをメインテーマとしてとりあげ、これまで震災支援に直接、間接に携わった関係者、研究者による幅広い議論を行います。関心がある人もいると思いますので、ご案内致します。

大会の概要は以下のとおりです。

【日時】2012年2月25日(土)、26日(日)
【会場】立命館大学 びわこ・くさつキャンパス(BKC)
〒525-8577 滋賀県草津市野路東1丁目1-1
JR南草津駅よりバス約15分
【テーマ】震災・ボランティア・コミュニティデザイン

この中で二つの公開イベントが開催されます。

一つは25日(土)13:30〜15:30のトークセッション(公開シンポジウム)で、「震災・ボランティア・コミュニティデザイン」をテーマに以下の方々をお迎えします。
辻元 清美 衆議院議員(予定)
戸羽  太 陸前高田市長(予定)
荒井  優 公益財団法人東日本大震災復興支援財団 専務理事
中村 安秀 大阪大学大学院人間科学研究科国際協力学教授
大西 健丞 ピース・ウィンズ・ジャパン (コーディネーター)

もうひとつは26日(日)13:30〜 の学生ボランティアフォーラム(公開フォーラム)「学生は地域に愛着を持つのか?〜風の人・土の人とボランティア」です。 全国の学生ボランティアや石巻専修大学、岩手県立大学など被災地、被災県の大学が参加を予定しています。

なお、私も25日のパラレルセッションで報告します。報告テーマは「災害ボランティア:開発協力からの視点」で、援助協調の問題を取り上げます。先日SRID(国際開発研究者協会)のジャーナルに小職が投稿した内容が下敷きになっています。http://www.sridonline.org/j/index.html
大会は学会員でなくても臨時会員(一般4000円、学生2000円)で参加できます。また、上記公開イベントは無料です。災害とボランティアの問題状況について意見交換や議論をする良い機会だと思いますので、ご紹介いたします。

詳しくは大会WEBサイトをご参照ください。
http://isvs.hus.osaka-u.ac.jp/conference.html

林 薫
文教大学国際学部

2011年12月29日 (木)

ファンジビリティー (政策の目標と効果の検証)

子ども手当に関する厚生労働省の調査結果が報じられています。これによれば、子ども手当を受けとった人のうち、78%が子どもの生活費や教育費などに使用したと回答している一方で、「子供に限定しない生活費」(22.3%)や「大人の遊興費」(1.5%)などという回答もあります。「未定」も16.5%に達しています。複数回答であることもあり、ここから政策の効果を検証することは難しいですか、もし政策の効果を測ろうとするのであれば、このような問いかけは効果の検証手段としては必ずしも十分ではありません。

まず、ひとつの問題は、「ファンジビリティー」(fungibility)です。これは「金に色目はない(Money is fungible)」由来しますが、手当の効果を把握するためには、支給された金額そのものの直接の使い途ではなく、手当が支給されたことにより、家計の支出項目の全体構成がどのように変化したかをチェックすることが必要です。例えば、支給された金額そのものは、即座に生活費やローンの支払いに使われてしまったとしても、家計全体としては一定期間(たとえば一ヶ月間)の子供への支出が増えるか、減少を食い止めることができたとすれば、そこには「家計の子供への支出を支援する」という政策効果が認められます。これまでの収入に加えて付け加わった手当、貯蓄などの資金源をどのような使途に配分しているか、手当が追加されたことによってどのような変化が生じているかを見ることが政策の効果を確認するために必要な検証だと思います。但し、このためには詳細な家計調査が必要です。厚生労働省の調査は、速報ベースを目指したものであり、そこまで行う時間も費用もなかったと推察されますので、別に今回の結果にケチを付けるつもりはありません。

「ファンジビリティー」は国際協力/開発援助の関係者の間では、特に援助の効果を検証する文脈でよく議論になる問題です。ドナーが援助してプロジェクトが計画通り完成したとしても、支援を受けたことによって途上国の側で浮いた金がどのような使途に使われるかを見ていかなければ不都合な結果を生じることがあります。教育や保健衛生に支援し、それらの支援自体は効果が確認できるとしても、支援を受けたことにより側に余裕資金が生じているならば、それが無駄な公共事業や軍備増強などの不適切な用途に使われてないかチェックが必要です。不適切な予算管理を放置すれば、やがては教育や保健衛生プロジェクトにも長期的に維持管理資金不足等の影響が及んできます。

このことは、子供のお小遣いの例を考えればよく理解出来ます。100円しか持っていない子供がいて、その子供が100円のノートと100円のチョコレートを欲しいと思ったとき、お母さんにノートとチョコのどちらをおねだりする方がお小遣いを確実にもらえるでしょうか。答えは明らかにノートです。お母さんは、勉強のためにノートを欲しいという「よい子」を支援するためにお金を渡して、結果的には子どもの肥満、虫歯のリスクを高めているかも知れないのです。

開発援助の世界では、このような問題意識から、非援助国の財政全体を透明化し、全体としてどのような開発政策の目標を立て、そのための必要資金を積算し、資金ギャップを援助などで支援していく方向に進みつつあります。このためのツールとして「公共財政管理」の手法が広く取り入れられて来ていますが、これについては話が長くなるので稿を改めたいと思います。最も重要なことは、政策の目標(ゴール)、成果(アウトプット)などを明確にして、何をどれだけ達成するかという、指標とその入手方法を最初に確認し、その上で政策選択を議論すべきということです。限られた資源のもとで成果をあげるためには一つ一つの政策的加入とその効果についての十分な検証が不可欠です。

子ども手当の場合には、子ども手当法にはその政策目標として「次代の社会を担う子どもの健やかな育ちを支援する」ために「給付を行う」ことが示されていますが、極めて抽象的です。ただ、制度の趣旨に鑑みれば「家計の子供への支出を支援する」(アウトプット)ことによって「少子化問題を緩和する」(アウトカム)、さらに「長期的に少子高齢化にともなう経済・社会の深刻な問題を緩和する」(ゴール)ことが政策体系と推定されます。しかし、このような政策目標、されに指標やその入手手段が明確に示された上で議論が行われているわけではありません。それが、不毛な政治論争を生み出し、政策が政争の具となり、ポピュリズム(人気取り)に囚われる土壌を作り出しています。

政策目標が何であり、それをどのような手段で実施して行くのが最適か? 具体的、科学的な証拠(エヴィデンス)に基づいて客観的な議論を積み重ねていくことを通じてしか、適切な政策形成を行なっていくことはできないと思います。このような、政策形成にまず必要なことは、国民の側で、「需要」を作り出すことです。政治を国民の手に取り戻すということは、とりもなおさず、国民の側で政策に関する理解を深め、目標や効果の検証を冷静に考えなければなりません。そのために役立つような情報や見方をこのブログでも引き続き提供して行きたいと思います。

<付記>
今回の調査結果で、全体の家計の変化を聞いていないのは残念ですが、子ども手当受領によって生じたコミュニケーションの変化を聞いていることは大きく評価されます。この中で「子供を増やす計画を立てたかどうか」という設問に対して、「非常にあてはまる」「ややあてはまる」という回答は計13.6%、「ややあてはまらない」「まったくあてはまらない」の合計は69.2%です。この結果から。「少子化対策としての効果は小さい」と見るか、それとも「10%以上の回答者が子供を増やすことを検討中なのだから、大きな効果だ」と評価するかは難しいところです。

2011年9月 4日 (日)

復興と地域資源、外部者としてのボランティアの役割

8月24日から31日まで「となりびと」に参加して5回目のボランティアに行ってきました。今回は、宮戸島漁協の水をかぶった書類の乾燥、支援物資の運搬、7月に支援した保育園の整備の続き、農作業の手伝いなどを担当しました。保育園では7月に植えたゴーヤが大きく育ち、カーテンとして役にたっているのを見て嬉しかったです。

Gedc0208 被災地では依然として泥だしや瓦礫の撤去などの作業もあります。また、避難所から仮設住宅に移った被災者の方々の支援などのニーズも増えて来ています。このような中、高齢化や地域経済の衰退といった災害前からあった問題への対処を踏まえながら、復興への道筋を本格的に考えて支援していくべき時期に来ていることを感じます。その手掛かりは「地域資源の発見と活用」ではないかと思います。

Gedc0200 災害の数年前、私は国道45号線を釜石から石巻まで走ったことがあり、その時、それぞれの町や漁村、海岸の美しさが強く印象に残っています。確かに悲惨な災害でしたが、海は昔の表情をとりもどしつつあります。今回、石巻市北上町の本地という集落に滞在することができました。静かで落ち着いた村で、夕方や明け方の周囲の静けさと美しさは格別です。大豆畑の草刈りを手伝いながら、これはグリーンツーリズム(エコツーリズム)として発展させる余地があるのではないかと思いました。作業が終わったあと、車で15分ほどの距離にある「追分温泉」に行きました。現在は避難所となっているので宿泊はできませんが、入浴はできます。「秘湯」の雰囲気がある静かな温泉です。もし状況が落ちつけば、農作業などの手伝い、津波からの復興の現状理解、現地産品の購入、温泉などのサービスの利用を組み合わせた「地域支援ツアー」を組めるのではないか、と考えた次第です。

Gedc0187 本地での夜のミーティングの議論で、外部者の役割として「これまで活用されてこなかった地域資源に気づいたり。震災後の地元の取り組みなかから、新しい社会や生活のあり方、価値観などを見出して、世の中に発信したりしていくことができる」という意見が出ました。まさに「目から鱗」でした。ボランティアは基本的には外部者ですのでそのことの自覚を持つことは重要です。そして外部者ならではの働きができると思います。これは、現在、途上国の農村開発などへの支援で意識され議論されていることと全く同じです。

災害は悲惨ですが、他方、それがなければとても出会うチャンスがなかった人々を結びつけ、新たな機会を作りだしてもいます。今回、ボランティアに参加することによって初めて東北地方の太平洋沿岸を訪れた人も多いと思います。これが新しいつながりを生み出し、地域資源の発見と活用につながっていくことを期待したいです。ボランティアにはまだまだ多くの可能性と役割があると思います。

私自身これからもボランティアを続けますが、秋は本業が忙しいため、これまでのように毎月行くことは無理そうです。31日、アイスボックスに石巻の海産物を一杯に詰めて帰ってきました。

<写真>

(1)橋浦保育園 7月に植えたゴーヤが育ち、緑のカーテンができました。

(2)追分温泉(石巻市北上町) 雰囲気のある山の湯です。

(3)大豆畑で草取りを手伝いました。

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