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2014年6月

2014年6月23日 (月)

GDN年次総会 「アフリカの構造変化」「ナショナリズムの脅威」 2014 GDN Conference "Structural Transformation in Africa and Beyond"

2014_0618_016The 16th GDN conference was held in Accra, Ghana, from 18th to 20th of June. The subject of the conference was "Structural Transformation in Africa and Beyond. Underlying topic was a changing world order. During lunch time. I shared a table with participants for Ukraine. We discussed how a framework of Sovereign State or Nation State was fragile and rise of nationalism was an acute fever and uncontrollable once infected, reinforcing my observation that Nationalism or "Anti-intellectualism" is a global theat. Political leaders of the world should avoid exploiting people's nationalistic sentiment to pursue his/her political will.




2014_0619_0116月18日から20日までガーナのアクラで開催された第15回GDN年次会合に出席しました。テーマは「アフリカの構造変化」。なぜ、アフリカではアジアで生じたような低生産性部門から高生産性部門へのシフトが起こらないのか。農業の生産性向上は可能か、産業化は可能か、産業政策は有効か、などというテーマについて議論が行われました。ただ、隠れたテーマは「主権国家」「国民国家」のあり方です。アフリカの国々が欧米や日本のような「国民国家」とは異質な成り立ちをしていることはこれまでも広く議論されシェアされてきていますが、ここにきて、主権国家中心の国際秩序が揺らいでいることが影を投げかけています。これはアフリカに限りません。昼食時にウクライナからの出席者と同席しましたが、国家の枠組みがいかに脆弱であるか、ナショナリズム感情が急性の熱病みたいなもので、一旦発症、感染すると制御不可能になること、などを議論する機会がありました。政治手法としてナショナリズムに訴えるのは極めて危険です。ナショナリズムに代表される「反知性主義」がグローバルな脅威であることを痛感しました。日本でいま話題になっているヘイトスピーチなどの排外主義やひところ流行語となった「ヤンキー化」も反知性主義に他ならないです。政治家がこのような心情を利用することは絶対あってはならないと思います。またウクライナの方と話をしていて「知識人」という存在のもつ役割がいかに大きいかを痛感しました。

2014年6月22日 (日)

アクラと野口英世  Hideyo Noguchi, a Bacteriologist (1876-1928)

Nhideyo1アクラに来たからにはここに何としてでも来なければなりません。アクラ西郊にあるコレブ病院(ガーナ大学医学部)の野口英世の研究室です。今日は日曜日だったため残念ながら野口英世の研究室に入ることはできませんでしたが、野口英世の研究した環境を垣間見ることができました。野口英世は黄熱病の原因をバクテリアと考えたようですが、ウイルスが原因であると証明された現在では、彼の黄熱病研究の業績は否定されています。


Nhideyo2しかし、野口英世は日本のアフリカへの協力のシンボルとして記憶されており、2008年のアフリカ開発会議(TICAD-IV)@横浜でアフリカの貧困削減、特に医学、保健衛生分野で顕著な努力や功績があった個人、団体を顕彰する「野口英世アフリカ賞」が設けられています。

Nhideyo3Hideyo Noguchi was a bacteriologist who studies syphilis and other infectious diseases in early 20th century. He was nominated thrice a candidate for the Nobel Prize in Physiology or Medicine. In late 1920s he studies the yellow fever in Accra. In May 1928, he himself was infected by the yellow fever and died in Accra. He believed that the cause of the yellow fever was bacteria. His studies and findings are no more valid as it has been proved that the cause of yellow fever is virus. Now his contribution is commemorated as a beginning of cooperation to Africa by Japanese People.

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