« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »

2013年4月

2013年4月27日 (土)

授業ダイジェスト「地域研究アフリカ」(2)停滞から抜け出すアフリカと中国の関係

【古い本や資料は要注意】

1980年代から1990年代にかけ、アフリカ、特にサブサハラ・アフリカは貧困と停滞の代名詞でした。そのころ形成されたイメージの浸透力は大きくいまだに拭いがたいものがあるのは事実です。国際的な援助の枠組もサブサハラ・アフリカ諸国の問題に対処することを主な目的として形成されました。構造調整やガバナンスなどがその代表例です。アフリカに関する文献に接したときに注意しなければならないのは、少し古いものですと、1990年代までの貧困と停滞の状況で記述や分析が止まっていて、ここ10年ほどの変化を反映していないことです。「古本に注意」なのです。

【停滞から抜け出すアフリカ】

Photoでは、ここ10年の変化とは何なのか。確かに貧困状況で見ると世界のもっとも貧困な国々の大部分はサブサハラ・アフリカ諸国であるという事実に変わりはありません。図1は世界で最も1人当たりのGNIが低い国20か国を示しますが、アフガニスタンとネパールを除けばすべてサブサハラ・アフリカ諸国が占めています。もっとも、これはデータが利用可能な国に限られます。

20
一方で、図2は成長率の上位20か国とその成長率を示すものですが、サブサハラ・アフリカ諸国が5か国入っています。図3は地域別の一人当たりGNIの過去50年間の推移を示しますが、アフリカ諸国のデータが過去十年間上向きになっていることがわかります。アフリカ諸国の経済状況が改善していることは、ナイロビやダルエスサラームなどの町にいけば建設工事があちこちで行われていることで実感できます。サブサハラ・アフリカ諸国の全部ではないにしても、多くの国が少なくとも「停滞」という状況を脱しつつあるのは事実です。

Photo_2
では、どのような国が成長し、その背景は何なのか? 一言で言えばアフリカの成長は資源によって支えられています。
図4は過去50年間のサブサハラ・アフリカ諸国の一人当たりGNIと資源価格の代表としての原油価格(スポット)の推移を並べたものですが、両者とも同じような動きをしていることがわかります。Photo_4もちろん資源は石油だけではありませんが、資源価格はどの品目も同じような動きをするようです。それは資源の需要は、各種の資源を利用する工業国の景気動向に左右されるからです。

12図5はアフリカ諸国の中で成長率が高い国をリストアップしたものですが、赤道ギニア、スーダン、アンゴラと言った制限輸出国が上位を占めています。資源国だけではなく資源国に隣接している国々も資源国の好況の恩恵を受けているようです。そして、アフリカの資源国の好況のカギを握るのが中国です。製造業が発展し「世界の工場」となった中国の旺盛な需要がアフリカの経済を支えるようになってきているのです。

【ワシントン・コンセンサスから北京コンセンサスへ?】

Photo_5


中国のアフリカ進出に関しては既に別の記事(中国とアフリカ 日本の立ち位置)で報告していますが、中国としても資源の安定的供給にとってアフリカは重要な存在で、資源の確保のために中国は多額の援助、貿易金融、投資などを提供しています。中国の援助はかっての日本の援助と同じようにインフラ中心で、しかも欧米の援助国と違ってガバナンスなどの条件を付けないことからアフリカ諸国にとっても歓迎すべき存在になっています。早晩、中国の対アフリカ支援は日本や欧米(OECD-DAC諸国)のODAを凌駕する存在になるとの予測もあります。ザンビア出身のダンビサ・モヨ氏は「援助じゃアフリカは発展しない」(原題 Dead Aid)の中で「欧米の慈善的援助は援助依存を引き起こしたり資金の流入で経済の歪み(オランダ病=追って説明します)を生じたりする弊害が多いのに対し、商業的動機に基づく中国の貿易と援助の組み合わせはアフリカの発展に役立っていることを強調しています。

2013_0328003しかし、これはもうひとつの一面があります。かって、アフリカは欧米や日本からの援助に依存し、その中で少しずつガバナンスの改善や人権への配慮、公共支出の適切化に取り組んできました。しかし、欧米の援助の援助の比率が低下し、ガバナンスなどの条件をつけない中国の影響力が大きくなること(図6)がどのような変化をもたらすだろうか、ということです。これは人権やガバナンスの状況が後退するのではないかという懸念につながります。中国は援助にかかわらず合目的に効率的にものごとを進めます。それに対し、西欧近代で形成された「法の支配」はルールに基づいた社会を重視します。中国の強大化は世界を中国的原理(最近、"ワシントンコンセンサス"=市場経済と財産権などのルールの重視に対して"北京コンセンサス"と言われるようになってきています)で支配することにつながらないか、この懸念はまさに日本も直面する問題だと思います。

図1 一人当たりGNI 下位20か国(2011)
図2 成長率上位20か国(2001-2011平均)
図3 世界地域別成長率(2001-2011平均)
図4 アフリカ 一人当たりGNIと石油価格(1962-2010)
図5 アフリカ 成長率上位12か国((2001-2011平均)
→以上、いずれも世銀データベースより林作成
図6 グローバルな環境の変化
写真 建設ラッシュのダルエスサラーム。中国の建設会社がたくさん入ってきています。交通渋滞も深刻。日本の支援でBRT(専用道によるバス輸送システム)を建設中です

参考(推奨)文献
(1)ダンビサ・モヨ (小浜裕久訳)「援助じゃアフリカは発展しない」東洋経済新報社(2010)
(2)平野克己 「経済大陸 アフリカ」 中公新書 (2013) 

2013年4月18日 (木)

授業ダイジェスト「地域研究アフリカ」(1) 地図にミスリードされるアフリカ観・身近なアフリカ

2013年の春セメスターが始まりました。今年からこのブログでは講義内容のダイジェストや関連した話題をとりあげていきたいと思います。まず、今週の地域研究「アフリカ」からです。

【地図にミスリードされるアフリカ観】

今年1月にアルジェリアでプラント襲撃事件があってから、「アフリカは危ない」というイメージがもたれているようです。しかしアフリカは広大な土地です。今年3月に私はタンザニアに行きましたが、その時にも言われました。タンザニアはアルジェリアから5000キロ程離れています。東京からバングラデシュやインド東部までに匹敵する距離です。インドのアッサム州の治安が悪いからと言って「東京も同じアジアだから治安が悪い」という人はいないでしょう。

Dsc_0008授業ではOHPシートに地球儀でトレースしたアフリカとユーラシア大陸を重ねて見ました。南北アフリカの距離は日本と東欧の距離に相当します。アフリカの大きさは、ユーラシア大陸のアジア部分と比べてみてもその大きさがわかります。

Dsc_0004アフリカの広さや多様性が無視されて、ひとかたまりで(カテゴリカリーに)アフリカととらえられてしまう理由の一つが地図にあります。日常的に使われている「メルカトル図法」は高緯度の地域が大きく表示されてしまう欠点があります。面積を正しく表示した正積図法と比べてみるとその違いがわかります。アフリカ大陸(ピンクの部分)と北米大陸(ブルーの部分)を比較してみると、図法による相対的な大きさの違いがよくわかります。授業でアフリカ大陸と北米大陸がどちらが大きいですかという問いを出したところ、かなりの受講生が「北米」と答えました。実際には、アフリカ大陸の面積は3030万平方キロであるのに対し、北米大陸のそれは2450万平方キロ(グリーンランドを含む)であり、アフリカの方が1,2倍大きいのです。このように、この授業ではアフリカに関するさまざまな先入観やステレオタイプを打破して、正確で現実に即したアフリカ像に迫りたいと思います。

【遠くて近いアフリカ】

Qrアフリカは日本から遠い地域です。直線距離で見ても、日本から一番近いケニアなどのアフリカ東部でも、米国東海岸よりは遠いです。しかも直行便がなく、ヨーロッパ経由、中東経由、これに加えてシンガポールなどのアジア諸都市からインド洋を横切っていくルートがなどがありますが、いずれも乗り換えが必要です。最近では中東のドーハやドバイを経由するルートが便利になってきています。しかし、アフリカと日本は日常レベルではきわめて近い部分があります。

Imgp2745アフリカと日本の近さを感じる一つの例は、特に日本と同じ左側通行の東アフリカで顕著な日本車の氾濫です。ほとんどは中古車ですが、道路はほとんど日本車で埋め尽くされ、しかも日本時代の店、学校の名前や電話番号までそのままで走っている車もあります。堅牢で燃費も良い日本車は人気があります。一方で、日本でも多くのアフリカ産品が出回っています。たとえばエビやタコなどの沿岸の水産物。大西洋やインド洋での遠洋の日本漁船は南アフリカなどを基地にしています。レアアースやレアメタルなどの資源はいうに及びません。日本とアフリカの気候も連動しています。東アフリカの旱魃や洪水は日本の暖冬、冷夏などとつながっています。これはエルニーニョやラニーニャなどの現象が地球規模で影響を及ぼしているためです。

この授業の目的はアフリカと日本が実は地球レベルで共通の課題に直面していることへの理解です。

(写真1) OHPシートでアフリカとアジアを重ねる

(写真2) メルカトル図法と正積図法で比べたアフリカ・北米の相対的大きさの

(写真3) 成田空港からドーハまでカタール航空で11時間、アフリカへはさらにそこから乗り換えます。

(写真4) タンザニアの最大都市、ダルエスサラームで活躍する元「神奈川中央交通」のバス

2013年4月 6日 (土)

中国とアフリカ、日本の立ち位置

3月21日から31日までケニア、タンザニア、クウェートとまわりました。ちょうどこの時期、中国の習近平主席がタンザニア、南アフリカなどいを歴訪した時期と重なり、特に私がタンザニアのダルエスサラームに到着したその時間帯は習近平主席が出発する時間で、空港周辺で交通渋滞に巻き込まれたりしました。そういう時期でしたので、アフリカのおける中国のプレゼンスがどうしても気になりました。

Img_0304まず、最初に訪問したケニア。 ナイロビに到着しチェックインしたホテルの中は中国語だらけ。1年程前にオープンした中国人資本・経営の「東土大酒店」(Eastland Hotel)です。館内の表示がすべて中国語であるだけではなく、内装や調度品も中国から運んできたようでまるで中国出張に来たみたいに感じました。中国でも最近は内外装とも国際レベルのホテルが増えてきている中、ある意味、中国国内以上に中国的に感じます。宿泊客は中国人が大部分でしたが、欧米人もいて中国人専用というわけではないでした。レストランの中華料理は中国国外で食べられるものとしては最高のレベルでした。

2013_0327056それよりも驚いたのはタンザニアの首都ダルエスサラームから西に約250キロのサバンナの真ん中、私がフィールドにしているキロサへ行く途中のマサイ族の遊牧地に突然切り開かれた土地が出現していて、漢字の標識で「神農公司」と表記されていたことです。どうやら中国の農業会社が購入したらしいですが、このような奥地でいったい何を栽培するのでしょうか? 中国の企業が農業生産を目的としてアフリカの土地を購入していることはニュースで伝えられていますが、やはりこの目でみると驚きます。今、問題になっている土地収奪" Land grabbing"に相当するものかどうかはただちに判断できませんが、この周辺が遊牧民の生活圏であること、農耕民と遊牧民がこれまでも土地利用をめぐるいさかいを起こしていることから考えて、収奪ではないかとの懸念を打ち消すことをできません。このような部族間の利害相反の間隙や分断を縫って土地を取得したようにも思います。同行の現地の方はマサイ族ではないので、特に意見は言いませんでしたが”Chine is terrible"(中国はすごい) とつぶやいていました。しかし、一番近い町からでも未舗装の道路を50キロほど走った山中のこの場所は不便極まりないところです。習近平主席がタンザニアを就任後最初のアフリカ訪問国に選んだことが示すように、中国はタンザニアにかなり力を入れています。これから中国は道路整備も支援していくのかもしれません。

2013_0329004中国のアフリカ支援は今に始まったことではありません。1970年からタンザニア・ザンビア間の鉄道建設などを支援してきたほか、私が北京に滞在していた1980年代前半には北京の語言学院をはじめとする教育機関には多くのアフリカ人留学生が来ていました。中国政府はアフリカ諸国の大使館設置に際しては事務所や大使館員の居住施設を優遇していました。地価の高い東京への公館設置をせず北京の大使館が日本を兼轄していた国もいくつかありました(まだあると思います)。それは、第一には国連などでの多数派工作に資するものと戦略的に位置づけていたことは明らかです。この結果、アフリカ諸国とって中国はかなり寛大な援助者になっています。もっとも私が北京にいたころ、アフリカ人の留学生が起こした婦女暴行事件が中国人のアフリカ人蔑視意識に火をつけて、これに対しアフリカ人側も抗議するなど、かなり険悪な一幕もありました。

中国の対外援助は欧米と違って「人権」等の条件をつけないのでアフリカ諸国からは歓迎されてていますし、道路や港湾などの基礎的なインフラが得意なのは日本と同じです。かって、日本の援助も、現在中国が批判されているの同じ理由、すなわち人権軽視、貧困対策よりインフラを重視しているなどと(主に欧米諸国から)批判されていたことがありました。一方、ザンビア出身のダンビサ・モヨさんは「援助じゃアフリカは発展しない」の中で、”中国はビジネスと割り切ってインフラ建設の支援の見返りで資源確保しているので、アフリカ諸国にとってもわかりやすい。道路は産業発展のために不可欠だがアフリカは整備が遅れている。中国のインフラ支援は効果をあげている”、ということを強調しています。中国のコントラクターは自国からアフリカの悪条件でも比較的低い賃金で働く技術レベルの高い労働者を連れてくるので他の国は太刀打ちできないです。アフリカだけではないですが、日本の援助でインフラの土木工事を行う場合でも、国際入札にかければ中国の建設会社が競争力があって有利です。例えば日本の円借款で実施されているケニアのモンバサ港拡張事業は中国の建設会社が落札し、現在工事が進んでいます。

001098では、日本の立ち位置はどうしたらよいのでしょうか? 私はこれまでの日本のインフラ中心の援助は重要だと思います。特に都市インフラの分野、マス・トランジットなどはそもそも日本の得意分野です。一方で、これからは工事や事業によって影響を受ける人々への社会配慮や環境配慮を強化していかなければならないと思います。以前、私がインド担当だったとき、道路プロジェクトで「立ち退き」の問題がありました。実は道路用地に住んできたのはインド側に言わせれば「不法占拠」者だったので、インド側は「立ち退かせる」の一点張りでした。私は合意議事録に今住んでいる人の生活権が確保されるような規定を求めたのですが、「法的な権利がなけば保護はされない」という限界を突き破ることができず、結局「人道的に対処する」という言い方で妥協せざるを得ませんでした。はっきり言って、それ以上抵抗しても今度は背後(日本政府)が後押ししなかったでしょう。当時、ナルマダダムやネパールのアルンIII水力発電所などなど大きな論争になった事業もありました。ナルマダやアルンは世銀との協調融資でしたので、世銀が設置した第三者パネルや外部専門家の調査結果を踏まえる形で事業は中止になりました、ただ、ナルマダダムはそのあとインドが独力で完成させています。途上国政府は経済成長を加速したいということから、往々にして人権や社会、環境配慮を煙たがります。そこが中国が歓迎されるゆえんです。

しかし、成熟した先進国として、人権や社会・環境配慮を重視していく方向こそが、日本が提供できる国際公共財だと思います。それは日本のソフトパワーを高めることにつながっていき、いい意味で中国などを牽制していくことにつながります。タンザニアのお隣のモザンビークでは日本とブラジルが進める大規模農業開発事業が論争になっています。影響を受ける人が十分納得できるだけの説明や、無理であれば引き返す勇気が必要です。日本が進出しなければ中国が進出してくる。それはそうかもしれませんが、だからと言って日本が中国と同じことをしてもいいということではありません。むしろ、人々の人権を確保し生計を支えるためのルール作りに積極的にコミットすべきだと思います。「日本がいたからこそこれだけ配慮してもらえた」というところが鍵になります。そのためにも各方面とのコミュニケーション能力の強化は不可欠です。そのうえでインフラ整備を進めていくことが重要だと思います。

写真(1) ナイロビのEastland Hotelのパンフレット類 すべて中国語
写真(2) サバンナの奥地に漢字の標識と赤い星。「神農公司」
写真(3) ダルエスサラーム市内 習近平主席歓迎のバナー
写真(4) ネパール「アルンIIIプロジェクトの現地対話集会」1992年6月

« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »

最近のトラックバック

2016年9月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

Twitter