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2012年6月 3日 (日)

ポスト「ミレニアム開発目標」

6月1日(金)、2日(土)の両日、国際開発学会第13回春季大会の各種会合に出席してきました。今回は自分の発表や座長、討論者の割り当てがなかったので、各セッションで発表を聞いて討論に参加することに集中しました。

6月1日のプレ・イベント「ポスト​•ミレニアム開発目標(MDGs)はどうあるべきか」は、政府、NGO、学界から論客がパネリストとして登壇し、活発な議論が行われました。ラオスで活躍している日本国際ボランティアセンター(JVC)の高橋さんが「MDGsが所得貧困を指標としていることによって、ラオスの農村では農民のリスク対処能力や生活の質に深刻な悪影響が及んでいる」ことを報告しました。この問題は、実は私のゼミでも昨年ラオスでスタディ・ツアーを行った時に、学生と主要なテーマの一つに選んだ問題です。これに対しては外務省の担当課長が「そうであるかもしれないがグローバル化への対応も必要である」コメントしましたが、議論が全くかみ合っていなかったのが残念です。何を目標にするにしても指標とその計測方法、必要なキャパシティーは深化が不可欠な議論です。キャパシティーについては、MDGsの原型となった、1996年の「DAC開発戦略」の時から議論があるだけに残念です。

MDGsは「羅針盤として有効である」というのが討論者のコンセンサスだったように思いますが、議論がフロアーにオープンされたところで、私も手を挙げて発言しました。

私がコメントしたポイントは以下の通りです(少し加筆しています)。

①MDGsが一見あまり大きな争点もなく粛々と取り組まれているのは、先進国側の課題に言及している第8目標が「援助」という比較的無難な課題にとどめられているからである。

②しかし、途上国への資金移転だけ見ても、援助のウェイトは低下し、​貿易、投資、移民労働などの方が重要になって来ている。ポストMDGsでは、先進国の課題を援助だけにとどめることは無意味かつ不可能であり、先進国側の対途上国の「政策一貫性(policy coherence)が問われてる。環境や安全保障なども含めて「政策一貫​性」を確保しなければならない。

③しかし、WTOのドーハ開発ラウンドやポスト京都議定書の交渉が難航・頓挫していることが示すように。貿易、環境、安全保障などの分野で先進国・途上国間での合意形成は極めて難しい。先進国の途上国発展支援への「本気度」が問われることになる。

④日本も覚悟を問われる。労働者の受け入れや農産物​貿易で、世界のレジームにどう貢献していくのか。個別業界の利害で対外政策を決めていくことは許されなるだろう。ちなみに、日本では評判の悪い「開発貢献度指標 (Commitment to Development Index)」も​MDGsの第8目標の指標として検討がはじめられたことを忘れる​べきではない。

壇上の討論者からもレスポンスをいただけで手ごたえがありました。特に、佐藤国際開発学会会長から、「日本はどのような世界を作ろうとするのか問われる」というコメントをいただいたのが嬉しかったです。

政策の一貫性についての取り組みや認識が不足していることは、OECD-DAC(開発援助委員会)の対日勧告でも再三にわたって指摘されているところです。国内でもっと議論が行われてほしいです。

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コメント

こんにちは。林さんをフォローさせてもらっている鎌倉学園高校2年の新井と申します。突然ですが、私は友人と今夏にガーナに行きます。その際に、文房具などを集めて持っていこうと思い、茅ヶ崎に住んでいるので文教大学に協力、また林さんのお話なども伺えればなと思っています。お返事お願いします。

こんにちわ。今期、国際関係論を受講させてもらっています。突然のコメント申し訳ありません。先生が以前このブログで「ミレニアム開発目標への懐疑論」を述べていたと思うのですが、その中で2つほどミレニアム開発目標の問題点をあげていたのですが、
①MDGs達成状況の指標のとりかた
②貨幣的な指標を使うこと
この2つを問題点としてあげていたと思います。
その中で貨幣的な指標についてなのですが、世界には貨幣を使わずに自然に恵まれていて自給自足をしている人たちが大勢いると思います。農村で、教育や社会福祉も地域社会や国の資金で行われている場合、特にお金を使わなくても生きていけそうですがそれについてもこの政策はあてはまるのでしょうか?
その地域の昔からある生活スタイルなのですから、とても貧困とは言い難いと思います。

こんばんは。コメントさせていただきます。
「支援」という言葉をひとくくりにしてしまうと、その国が必要としているものを支給した、その国を救った。などと挙げられると思いますし、支援については実はそれなりに知識が必要なのだと思います。例えば、財政支援するにはきっと私たちの税金が使われているし、募金したのなら直接自ら投資したことになるのですが、その後を知ろうとしていない我々にもきっと問題があるのだと思います。それに、すぐ結果ばかりを望んでしまうことが、実は支援先としている人々を苦しめてしまっているように思います。
それから、(NGOやNPO、本当に支援を目的としている民間人を除いて)本物の支援というものをどれくらいの人が考えているのかなと思います。世間の目や立場を気にし、表向きの支援ならいくらでもできると思いますが、本気度を問いただしたら、支援の裏には利益や陰謀もそれなりに隠されていると感じています。だからこそアンフェアな条約や、厳しい労働環境に置かれる人も出てくるはずです。そういった民間の人や企業が行っていることを、国も管理すべきなのではないかと思います。それに、途上国にも政治や国家があり、それぞれの人々にそれぞれの生活があるので、それを一方的に改善しようとすることも本気ではなくうわべのように思います。確かに、我々発展国のこうするべき。という意見がまとまるかもしれませんし、本当にこっちのほうが途上国の為と思う場合もあるかもしれませんが、途上国の人々からしたら迷惑極まりないケースもあるのではないでしょうか。そういったことも踏まえて、これからはかんがえなければと私は思います。

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