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2012年3月13日 (火)

国際ボランティア学会報告 (2月25日、26日)

少し遅くなってしまいましたが、2月25日、26日、滋賀県の立命館大学草津びわこキャンパスで開催されました国際ボランティア学会の概要について、あくまでも私が積極的に参加して理解したセッションと範囲という限定つきですがですが、ご報告いたします。
初日の25日の午前のセッションでは座長を務めました。5件の報告で国際協力でテーマは共通するが地域やセクターはばらばらでしたが、外部者としてのボランティアという共通項がありました。外部者はどう行動すべきか、外部者にできることは何かを議論しました。個別報告の中ではドナー主導のPRA(participatory Rural Appraisal)が、実際には援助側があらかじめ決めたプロジェクトを追認させるような形で使われており、真の参加型開発になっていないケースが紹介されました。いまだに「自分がやって欲しいことを人にも与える」という援助についてのナイーブな思い込みが通用しているようで、それが、援助機関レベルでのPRAの「誤用」につながっているのではないかと思います。まずは、その地域、その人々に何が本当に必要とされているか、外部者は人々の気づきのサポートに徹するべきでしょう。
25日午後の陸前高田市長や辻元清美参院議員らをお招きしての公開シンポジウムではアクターの連携が必要という基本ラインが見えてきたと思います。ご家族も亡くされた中で地元の復興を熱く語る陸前高田市長に共感しました。夕方のラウンドテーブは被援助国としての日本がテーマで、外務省のいうような「これまでの日本の援助が日本に対する支援につながった」という議論に私からあえて異を唱えました。キリスト教やイスラム教の世界では援助や連帯は「絶対者にたいする応答責任」として位置付けるられており、仏教で「喜捨」という考え方がの多くの文化で、援助にそのような互酬性はないと思う(したがって国際社会の協力や連帯のシステムそのものにコミットして日本を含む世界全体のリスク耐性向上を目指すべき)というのが私の問題提起です。
26日午前のセッションでは私自身の報告を行いました。アフリカなどで進みつつある援助調和という論点に関連付けて、様々なアクターの調整を行うモデルケースとして石巻の復興支援協議会の例を分析しました。質疑応答ではむしろ復興支援協議会での議論の例として紹介したボランティアによる民業圧迫の問題に議論が集中しました。ボランティアにはかえって復興や発展の阻害要因となってしまう"Do no harm " 問題があります。これは大きな論点ですので、引き続き研究していこうと思います。私の報告に引き続いての発表では、支援を媒介したインター•ローカルの関係性が議論になりました。日常から構築されてきた関係性が重要であり、また支援活動を通じ形成された新たな関係性も重要です。しかし、一方ではボランティアによる民業圧迫などの問題あり、市場、企業、ボランティア、行政などの関係の整理しながら進めて行くことが必要と思います。
26日午後の最後のセッションは「震災復興における学生への期待と大学の役割」をテーマとし、東北学院大学の報告、岩手県立大学の現役学生による「いわて銀河ネット」の報告などが行われました。岩手県立大学の学生は大学が動く前にまず学生で動き出して、災害後数日で学生が釜石市のボランティアセンター支援に駆けつけました。そのあと、全国の学生の受け入れプロジェクトを開始して現在に至っています。なぜ、岩手県立大学の学生が迅速に行動できたかといえば、普段から地域とつながる活動を行ってきたことが重要なファクターです。平時と緊急時のつながやネットワーク、関係当事者の情報交換や調整、これが、東日本大震災を通じてボランティアの課題として明らかになってきたと思います。
なお、最後のセッションでも私から「PDCAサイクルのC=checkをどのように行うか」について問題提起をしました。議論の中で、被災者との関係では、目標の設定と達成、インパクトをきちんと評価しなければならないという、明確な方向性が出たと思います。しかし、学生のボランティア活動の評価は別問題で、何を基準に評価すべきか、そもそも評価すべきかどうかについては、わからないことが多く今後の研究課題です。
全体として、たいへん有意義な大会でした。実行委員長をはじめとして、運営関係者の皆様に厚くお礼申し上げます。

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コメント

PRAやPLAの有用性はある程度自明ですし私は異論もないのですが、形だけ、一応行うのは感心できませんね。
私は、PRAの本質は開発援助の効率化、具体化、円滑化よりもむしろ、住民の反発や意見の混乱といったデメリットにもみられる、密接なコミュニケーションに始まる相互理解にあると考えています。
この手の大型ドナーにありがちな、プロジェクト自体の目的化がそうさせたのか。ドナー主導ってとこが鼻について仕方ないです(笑)

25日。外務省なら外務省らしく支援してくれた国をたてればいいのに・・・国内向けの賛辞のつもりなのでしょうか。
私もこういった自然災害には国際協力との関連性を、(表層的な部分を除いて)見出だそうとしていなかったのですが、成程、今回の震災をきっかけにやっと私の中でも光が当たった次第です。
局所的であり、一回の支援は非持続的なので国際的なシステム全体を吟味するまでに至らないのか。新聞の一面に踊っては街頭募金が始まり忘れ去られたりと一過性で、国家単位の支援こそ当然のようにあれど民間の活動が独り歩きしている観があります。
しかし震災による原発事故は政治的、国際的問題にまで発展し、誰もが国際協力システムに疑問を抱いたでしょう。それはEU間のギリシャ危機も状況としては同じで、連帯責任とは言えませんが市場を混乱させたそれはとても他人事とは言えず、(不確定要素にも対応する)国際社会システムの整備は急務です。地震大国であり原発事故の当事国である日本は率先して主張していくべきです。

Do no harmも前述のPRAと関連付けられますが、複雑な現地の支援事情が身近で浮き彫りとなった、その事実は特筆すべきです。その複合的諸問題が内包する危うさを是か非かの議論でふいにさせてはなりません。
最良の方法を、柔軟な対応で選択していくためにも、同じ国でコミュニケーションや経済的、政治的、地域的配慮が比較的楽な復興活動は、不謹慎ですが検証していく上で絶好の機会と言えます。

学生のボランティア活動は私的に大変興味深いです。研究頑張ってください

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