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2011年7月

2011年7月31日 (日)

東日本大震災(8):変化するボランティアの役割

Dsc_0258 7月22日から26日まで4回目のボランティアに行ってきました。今回は石巻専修大学に設置されている石巻ボランティアセンターでの受付のサポート、民家での作業、北上町での保育園支援などが主な作業内容でした。石巻ボランティアセンターでは、外国人のボランティア向けのボランティア保険への加入奨励やアスベスト対策の注意事項の英文説明書などを作成したりしていました。こうのような、ボランティアのマネジメントへのボランティアも重要だと思います。

個人のボランティアは以前に比べれば確実に減っています。土曜日、日曜日で個人のボランティアはそれぞれ100人あるいはそれ以下といった状況でした。これは、石巻市のボランティアセンターがホームページで「県外からのボランティアはグループや団体に限る」としていることにもよります。もっとも個人とグループの境目はあいまいです。団体やグループは毎日数百人単位で引き続き来ています。団体やグループであらかじめボランティアセンターに連絡しておけば事前に作業の必要性や優先度に従ったマッチングが可能ですので、ボランティア全体としての効率性や有効性は向上します。ただ、団体の中には、すでにボランティアセンターを介さずにニーズを掘り起こし、連絡を直接とることによって、マッチングを経ずに現場に直行するケースも増えてきているように見受けました。

作業内容についてもニーズが変化してきています。4月~5月の頃は民家の泥出し作業がかなりの部分を占めていましたが、泥出し作業で居住が可能になる家屋についてはかなり作業が進行してきていることから、このような需要は減り、代わりに仮設住宅への引っ越しの支援やそこでの生活の支援にニーズが移ってきているようです。

Dsc_0235 今回、雄勝町に立ち寄る機会がありました。雄勝町は伝統産業の硯や漁業で栄えかっては1万人以上の人口がありましたが、2005年に石巻市に合併した時点では4,600人前後、災害直前には約4,000人に人口が減っていたようです。雄勝町の中心市街地、あるいは浜辺の漁村は津波で甚大な被害を受け、現在では人影もまばらです。町内の人口は数百人まで減り、復興の目途が立たない集落も多いようです。地域経済の衰退と人口の減少はこれまでもあった問題でしたが、災害が一気にこれを加速したのです。

災害の一つの結果は、従来からあった課題を、より顕在化させ、その悪化を加速することです。高齢化や地域経済の衰退はこれまでも深刻な問題でしたが。今回の災害で一気にこれが深刻化しています。一方で、行政の対応能力は、従来からも限界がありましたが、災害後は、行政としては最大限の努力をしていますが、その限界がはっきりと見えるようになってきています。深刻化する地域の問題の中で活動し、ニーズを掘り起し、サービスを提供し、さらには政策提言を行っていく。これまでもこれらの役割がNPOやボランティアに期待されていましたが、社会的な関心の弱さとその結果としての脆弱な財政基盤から、期待される役割を果たすには多くの壁がありました。

Dsc_0262 震災で多くボランティアが現地に入り、さまざまな財政的な支援も集まった来ています。この高まったボランティアへの関心を、「緊急支援」から「長期的、持続的支援」に継続させていくことこそ、日本の市民社会の課題であり、かつ社会を変えていく大きな契機になると思います。これは言い換えれば「平時のボランティア」の発展へつなげていくということです。災害でこれだけの犠牲を払ったのですから、社会を変えることこそが、亡くなられた方々、被害に遭われた方々の犠牲を無駄にせずに、前向きに応えていくことだと思います。

<写真>

(1)保育園の支援。ゴーヤを一緒に植える。

(2)雄勝町。大型バスが流されて屋上に。周囲のがれきは片づけられていますが、人影はほとんどありませせん。

(3)多くの生徒、先生、父兄が犠牲になった大川小学校。

2011年7月 8日 (金)

東日本大震災から開発学へ(3)・世界へ発信することの意味(ドゥブロヴニクにて)

Dsc_0229 6月26日、27日にクロアチアのドゥブロヴニクで開催された、Global Development Network (GDN)の理事会に出席しました。この会議では来年6月にブダペストで開催される予定の本会議のアジェンダなどが話し合われましたが、出席者の強いリクエストで「大震災のその意味するところ」というテーマで話をする機会がありました。たいへん大きな反響があり、そのあとも質問攻めにあいました。日本の災害とその対応にここまで強い関心があるとは思いませんでした。

このGDNは経済学および社会科学的な調査研究を実際の政策形成に応用し、開発途上国の貧困削減に向けた開発政策を改善していくことをミッションにしている国際的なネットワーク活動で、私も1999年から関わっています。このようなネットワークであることを踏まえて私が強調したのは以下の点です。

(1)世界的は甚大な被害をもたらす自然災害は極めて高い頻度で発生している。2000年以降、2万人以上の犠牲者を出した自然災害は、東日本大震災を含めて7件に達している。自然災害の多くが開発地上国で発生しているが、対応能力が限られているため被害が大きくなり、貧困状況を悪化させている。したがって、災害への対応はグローバルな問題として考えるべきである。

(2)地震のメカニズムは自然科学の問題かもしれないが社会科学にも大きな課題が突きつけられている。まず、それぞれの社会のあり方によって防災や避難、復興計画のありかたは異なる。それぞれの社会の特徴、それをとりまく政治経済を十分に理解したうえで、負担可能(affordable)な対策を検討、提案していく必要がある。

(3)今回の災害で明らかになった点の一つは「社会関係資本」の重要性である。岩手県のある村(注:5月23日の記事で紹介した宮古市鍬ヶ崎地区角力浜集落など)では、資本としての堤防が建設されていなかったため、災害時には極めて脆弱な地域だと評価されてきた、しかし、住民はその脆弱性を自覚していたために、予想される被害のアセスメント、ハザードマップの作成、避難計画の策定、避難路の整備、避難訓練の実施などを協力して行ってきた。このため、人的被害は最小限で抑えることができた。資金や技術の乏しい開発途上国にとって、巨額な防災投資を行うことは困難であるが、社会関係資本に着目することにより、少ない費用でより有効な対策を講じることができるという、貴重な示唆が得られている。

Dsc_0306 要点は以上の通りですが、特に関心や質問は三番目の点に集中しました。また「日本の市民社会の対応力の大きさ」「コミュニティーが回復力resilienceの中心となっていること」などに強い関心が寄せられました。日本人にとって、日本の市民社会はどちらかといえば「弱い」というのが自己評価ですが、世界の見方はそうではないようです。これは私にとって大きな「気づき」でした。今後、来年の本会議でのテーマの一つとして検討と協議を継続することになりました。

Dsc_0184 今、日本の復興過程はきわめて困難な状況にありますが、地域や自治体、市民社会などの取り組みが、開発途上国にも応用可能な防災、減災、復旧、復興のモデルを生み出すことができるかもしれません。それは日本の世界に対する大きな貢献となるはずです。開発関係者としてこのような意識を常に持ちたいと思いますし、対外発信に積極的に取り組むことは重要だと思います。

写真

(1)今回会議が行われた、ドゥブロヴニクの旧市街。クロアチアも地震地帯にあり、この旧市街も過去地震にあったことがあります。近くは1991年のユーゴ内戦で戦火の被害を受けましたが、今は、完全に復興しています。
(2)ドゥブロヴニクは旧市街全体が世界遺産にされています。
(3)アドリア海は対岸のイタリアまで200キロ足らずであり、地震が起きても大きな津波は発生しないと、現地の人は言っていましたが、本当でしょうか?

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