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2011年6月15日 (水)

東日本大震災から開発学へ・ 開発途上国と自然災害リスク(2)

3.ネパールの経験から(氷河湖決壊洪水のリスク)

前回のエントリーは少し抽象的に過ぎたかもしれません。ネパールの具体例を使って説明したいと思います。

ネパールはヒマラヤの山国ですが、水量が豊富な多くの河川を有し、その豊富な水力資源(包蔵水力が注目されてきました)。水力発電の電気を隣国のインドに輸出すれば貴重な外貨獲得源になるのです。このため、70年代から水力資源の開発調査が行われ、80年代に東部のアルン川に約400MW(40万KW)の水力発電所を建設するアルンII計画(ArunIII Project)が具体化し、私も計画が動き始めた90年代前半にこのプロジェクトを担当しました。

資金は世界銀行、アジア開発銀行、ドイツ、日本が分担することとなり、ネパール側との協議やドナー会合が頻繁に開催され、私のこのため十数回ネパールに行きました。一方で、このプロジェクトは次第に国際的に注目され、賛否の議論が起こってきました。

Scan250206 反対論はダムや道路の建設がアクセス道路が自然破壊につながること、投資額がネパールの経済規模に比較して大きすぎ、保健や教育など他の公共支出にしわ寄せを及ぼしかねないこと、アルン側沿いにだけ大量の投資が行われ、他の地域と格差を拡大しかねかいこと、大規模な発電所に発電が集中するとシステムとしてのリスクが大きいことなどを指摘していました。代替案としては中小規模の水力発電所を複数建設するというもので、これで国内のいくつかの地域に恩恵が及ぶというものです。

これに対してはプロジェクトを実施する立場から、ダムは比較的小規模で住民移転の少数であること、道路の建設によって、山間部で穀物を栽培するするような無理な土地利用が減少すること、インドへの売電は大きな外貨収入をもたらし、ネパールの貧困削減に大きな効果があること、などの反論を行いました。土地利用の改善は、山間部では穀物栽培を段々畑などで無理に行っているために土壌の侵食が激化しているのでこれを防ごうというものです。山間部では果実は薬草などの付加価値の作物を栽培し、それを売って平地から穀物を買うことにより、土地の負荷は減少します。

001098 このプロジェクトに関しては、地元住民の間でも賛成論、反対論に分かれ、地元で住民との対話集会なども行われました。また、批判されている点の投資規模の大きさは世界銀行自信も問題とするようになり、規模が2/3に縮小された新しい実施計画が立てられましたが、議論は平行線のままでした。この間、1994年には、世銀に対して、”世銀が環境配慮や住民移転について十分な配慮を行っていないので「第三者による調査パネル」を開設し、調査を実施すべし”との請求がなされ、専門家パネルによる検討が行われるになりました。

同時に、上流で「氷河湖」がいくつか存在することが明らかになってきました。氷河は寒冷期には土砂をブルドーザーのように押しながら山を降りてきます。しかし、気候が温暖化してくると、押してきた土砂を残して後退をはじめ、土砂がダムのようになって水がたまるのです。土砂のダム(モレーン)は最初は氷がセメントの役割をしていて堅固ですが。温暖化が進むと溶けて弱くなり、そしてある日決壊して大洪水を引き起こします。これが「氷河湖決壊洪水(Glacier Lake Outburst Flood:GLOF)」です。私も担当者としてこのリスクへの対処を指摘しましたが、世銀を初めとする支援国・支援機関がリスク評価を行うことになりました。1995年には専門家によりネパール領内の4500mの高地での実地調査が行われましたが、アルン川は上流はチベット(中国領)に属し、そこにも多くの氷河湖があることが指摘されていました。

001087 結局、1995年に世界銀行がこのアルンIIIプロジェクトの支援からの撤退を決め、他のドナーもこのプロジェクトへの支援を断念しました。世界銀行が判断に至った理由は、「専門家パネル」の調査報告書の指摘事項等を総合的に勘案してという以上のことは言えないと思いますが、氷河湖決壊洪水のリスクも勘案されたことは間違いと思います。そして、氷河湖決壊洪水のリスクを考えればこれは正しい判断だったと今では思います。1985年に発生したディグ・ツォ氷河湖決壊では実際にいくつかの集落とともに水力発電所が流されています。発電所があることによって被害が倍加される可能性もさることながら、国家予算への影響も心配されるほどの巨額の投資を投じて建設される発電所が一瞬にして壊滅した場合には、電力供給に深刻な影響を及ぼし貧困な経済にきわめて大きな負担を与えてしまいます。致命的なインパクトを伴う氷河湖決壊が何年に一回の確立で発生するかの評価は難しくても、その考えうる最大の被害が発電所の喪失であることは明らかです。

この後、ネパールでは、より氷河湖決壊洪水の被害のリスクがより少ない(もちろん皆無ではない)と考えられていたカリガンダキ川に、規模もアルンIII発電所より小さな150MWクラスの発電所を建設し、現在は完成し稼動しています。これは日本とアジア開発銀行が支援しました。リスクの点から考えれば適切な選択だったと思いますが、ネパールの電力不足を根本的に解消するには至っていません。その後も、私はネパールの電力当局者を話をする機会がありましたが、ネパール政府としてはアルンIIIあるいは同等の大型発電所の建設は断念してないと思います(現在は直接の関係を持っていませんので、最新の情報は把握していません)。開発を加速させ貧困を削減するために電源開発を急ぎたいネパール政府の立場は痛いほどわかります。将来、全体の設備容量が増加し、災害の際の対応に向けたキャパシティーが向上し、氷河湖の実態の解明が進めば、再度開発に着手できる可能性があると思います。リスクは管理することができますが、それは国の発展レベルやキャパシティーによって可能な場合と不可能な場合があります・

一方で氷河湖決壊洪水のリスク自体は、温暖化の進行によってより高くなっています。決壊の危険性のある氷河湖の調査が進んでいます。氷河湖決壊洪水そのものに対する防止策や被害の軽減策を考えなければならないことは明らかで、現在、世銀などによってさまざまな取り組みが行われています。

Scan250207 上記のネパールの事例は、経済的な余力の少ない開発途上国でプロジェクトを実施する場合の、リスク評価の難しさと重要性を示すものだと思います。途上国のリスク負担能力には限界があります。それを開発計画の中に反映させていかなければなりません。また、リスクそのものの軽減策を講じていかなければなりません。資金や人材に乏しい開発途上国ではそれは先進国に比べてはるかに困難です。一方で、安心、安全な生活を求める気持ちは先進国、途上国に違いはありません。途上国の場合、災害が起こった場合の回復がより困難なことを考える必要があります。日本は現時点では東日本大震災への対処のさなかにあって、とても他国への支援どころではないという意見はその通りだと思いますが、このような災害とそれへの対処の経験を、途上国と共有し、長期的に支援していくことは不可欠だと思います。

<写真>

(1)アルン川 上流は国境を越えてチベットになります。ヒマラヤ造山運動の前からこの川が存在していた証拠とされています。

(2)1993年5月に開催された地元住民との対話集会

(3)アルンIII プロジェクト最寄りのツムリンタール飛行場。舗装されていないダートの滑走路に離着陸します。

(4)アルン川のつり橋。地元の皆さんの生活路です。

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コメント

こんにちは。地域研究(アフリカ)を履修している者です。拙いコメントですが失礼いたします。ネパールの洪水も過大な災害だったことを改めて感じました。21世紀で多くの自然災害が多発しています。前回のブログにも記載してありました、6件の自然災害。私は温暖化と海水温上昇もこの災害に関係していないとは断言できないと思います。温暖化により様々な環境問題が発生しています。海面上昇や海水温上昇に関しても、自然災害に直結している。 今回の大洪水も気温上昇による災害です。私たちが気付かないだけで、もしかしたら温暖化が地震、干ばつ、外来種の促進などをもたらしていると感じます。内容が変わりますが、発展途上国の経済システムを助言することも、国連が行うべきだと思いました。国連は核兵器を持つことで核抑止しあい、拒否権を持つことで、自国の国益さか考えない。覇権国が覇権国を抑えつけてる状態だと、国際情勢は自然災害で被害を受け続けるだけで機能しません。覇権国なら覇権国のとるべき、途上国の発展に尽くすべきではないでしょうか。この観点から、私は世銀やドイツ、日本などの融資及び支援は本当の誠意持っての行いだと思います。地球市民である以上は途上国も一員だから他国もリスクをカバーし、緩和や適用も必要です。東日本大震災で他国からの支援や思いは温かく感じました。それは日本の知名度や評判が良いこともあって支援していただきました。しかし、途上国は治安の問題など様々なことが絡んで支援してくれる国も限定されてきます。もっとアフリカの良い部分をたくさんアピールして、善意持って支援してくれる国を増やす必要も、震災をキッカケに感じました。

こんにちは。コメントさせていただきます。
自然災害は、どこの国にも様々な内容なものが起こる確率は十分にあり、またそれは自然なことなので誰を責めることもできないと思います。なので、親族や大切な人を失った方々もやるせなく、行き場のない悲しみを生んでしまうのだと私は思っています。ですが、もし我々人間が作ったもののせいで大切な人を失ったのなら、その施設がなければと、恨んだり、悔んだりという新たな悲しい感情も生みかねないと思います。それに、かつて世界で一度でも起こった問題は世界のどこでも起きりうるということを、想定するべきだと思います。
さて、ネパールの例が上がっていましたが、ここでよかったことは、第三者が多くのことを調査してくれたからだと思います。もし、世界で議論をするのなら、賛成派の立場であろうが、反対派の立場であろうが、一度決めた意見を変えるのはなかなか難しいであろうと思います。そこに第三者が介入したことで、物事を冷静に判断できたのではないでしょうか。更に、そのお蔭で「氷河湖」があることが発見されましたしね。もし被害を被った時に結局被害を受けるのは貧しい貧困層の人々です。(途上国において)その国の中で豊な人々は世界に負けない経済力を手に入れたいというように思ったり、頑張ろうとするかもしれません。しかし、被害があった時に一番小さくする方法や、問題が起きないように長い目で見て判断するのは、支援側である第三者の役割ではないかと思います。また、支援するに当たり、更なる別の第三者も実は欠かせないのではないでしょうか。
ありがとうございました。

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