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2011年6月

2011年6月25日 (土)

東日本大震災(7):100日を経て

Simgp39556月17日から20日まで、「ルーテル教会支援・となりびと」の一員として3回目のボランティア活動に行って来ました。今回は、東松島市にあるNPO法人が運営する社会福祉施設で2日間、施設再開に向けたお手伝いを、また石巻の築山地区で民家の泥出しをしました。

東松島市の社会福祉施設は仙石線東名駅から徒歩2~3分の場所にあり、震災前はデイケアおよびグループホームを運営していましたが、津波が襲来し、通所していたお年寄りの何人かが亡くなりました。今、デイケアの再開に向けて様々な準備が行われています。ここに花の苗約200本をお届しました。私が自宅で5月に種をまいて育てたものですが、被災された方々に少しでも癒しになればとお持ちしたした次第です。丈夫に育って花を咲かせてくれることを願っています。

 

Sdsc_0098て、18日はちょうど震災から100日目にあたっており、各所で慰霊祭が行われました。私たちがお手伝いをした福祉施設でも100か日の法要が営まれました。周囲の家屋はまだ手つかずになっているところが多いですが、この福祉施設の再開が呼び水となって住民の方が戻って来られることが期待されます。ただ、仙石線の復旧の見通しはついていません。仙石線の東名駅、および東隣の野蒜(のびる)駅は同線沿線でも最も被害を受けた個所で、津波の直後には瓦礫に埋まった駅や脱線した電車などの写真がニュースで報じられていました。Dsc_0105

現在、 駅や線路上の瓦礫はかなり片付けられていますが、再開に向けた作業は着手されていません。この一つの理由が、地域全体で高台に移転するという計画があり、それに伴って鉄道路線もルートを変更する可能性があるためです。

Dsc_0088_2東名駅の南側には「東名運河」があります。その南の海側は大きく地盤沈下し、地図上では陸地のはずの広大な土地が海面に没しています。波打ち際になってしまった家も数多くあります。運河と駅から約1キロほど海岸に向かって道路と集落が続いてい ますが、復旧作業が行われている家屋はほとんどなく、流された車や家具が放置され3月11日の当日のまま時間が止まっています。また、各所で冠水してままになっています。地域の復興をどのように進めるか、地盤沈下対策をどうするか等に行政が早く方針を示さない限り、住民としてはどうしたらよいかわからないでしょう。

石巻の泥出し作業はこれまでもかなり行ってきましたが、今回の地区はこれまでよりも海に近く、家屋の被害が大きなところでした。再建を断念する家も多く、被災当日のままになっている場所が目立ちます。再び住むことを目指して、整備を進めている家もありますが
、隣家や地域が廃墟のままでは住むのは難しいと話していました。

Sdsc_0053 石巻の中心市街地にも足を運びましたが、復興の難しさを実感しました。中心部は地盤沈下が激しく、満潮時には道路が水面よりも低くなってしまいます。多くの建物流されずに残りましたがが、住民の方々は避難されているためか、人通りはほとんどありません。商店街も開いている店は稀で、ほとんどが休業中でした。地盤沈下に対処するための地域全体の防災が確立しない限り、昔のにぎわいを取り戻すことは困難でしょう。 

東松島市にしても石巻市にしても、地域全体の復興を図るためには膨大な資金と技術の投入が必要で、一地方自治体の能力を超えています。100日に経て、まだ明確な方針どころか、方向性も見えてこないのは、中央レベルでの政治の停滞にその責任があることは明らかだと思います。復興基本法も成立した現在、対応のスピードアップが強く望まれます。

<写真>
(1)花を植える
(2)JR仙石線野蒜駅
(3)野蒜駅の時計(3時55分で止まっています)
(4)東名駅南側の集落(ほとんど手がつけられていません)
(5)石巻市の中心部(水面の方が道路より高く、どんどん浸水しています)

2011年6月15日 (水)

東日本大震災から開発学へ・ 開発途上国と自然災害リスク(2)

3.ネパールの経験から(氷河湖決壊洪水のリスク)

前回のエントリーは少し抽象的に過ぎたかもしれません。ネパールの具体例を使って説明したいと思います。

ネパールはヒマラヤの山国ですが、水量が豊富な多くの河川を有し、その豊富な水力資源(包蔵水力が注目されてきました)。水力発電の電気を隣国のインドに輸出すれば貴重な外貨獲得源になるのです。このため、70年代から水力資源の開発調査が行われ、80年代に東部のアルン川に約400MW(40万KW)の水力発電所を建設するアルンII計画(ArunIII Project)が具体化し、私も計画が動き始めた90年代前半にこのプロジェクトを担当しました。

資金は世界銀行、アジア開発銀行、ドイツ、日本が分担することとなり、ネパール側との協議やドナー会合が頻繁に開催され、私のこのため十数回ネパールに行きました。一方で、このプロジェクトは次第に国際的に注目され、賛否の議論が起こってきました。

Scan250206 反対論はダムや道路の建設がアクセス道路が自然破壊につながること、投資額がネパールの経済規模に比較して大きすぎ、保健や教育など他の公共支出にしわ寄せを及ぼしかねないこと、アルン側沿いにだけ大量の投資が行われ、他の地域と格差を拡大しかねかいこと、大規模な発電所に発電が集中するとシステムとしてのリスクが大きいことなどを指摘していました。代替案としては中小規模の水力発電所を複数建設するというもので、これで国内のいくつかの地域に恩恵が及ぶというものです。

これに対してはプロジェクトを実施する立場から、ダムは比較的小規模で住民移転の少数であること、道路の建設によって、山間部で穀物を栽培するするような無理な土地利用が減少すること、インドへの売電は大きな外貨収入をもたらし、ネパールの貧困削減に大きな効果があること、などの反論を行いました。土地利用の改善は、山間部では穀物栽培を段々畑などで無理に行っているために土壌の侵食が激化しているのでこれを防ごうというものです。山間部では果実は薬草などの付加価値の作物を栽培し、それを売って平地から穀物を買うことにより、土地の負荷は減少します。

001098 このプロジェクトに関しては、地元住民の間でも賛成論、反対論に分かれ、地元で住民との対話集会なども行われました。また、批判されている点の投資規模の大きさは世界銀行自信も問題とするようになり、規模が2/3に縮小された新しい実施計画が立てられましたが、議論は平行線のままでした。この間、1994年には、世銀に対して、”世銀が環境配慮や住民移転について十分な配慮を行っていないので「第三者による調査パネル」を開設し、調査を実施すべし”との請求がなされ、専門家パネルによる検討が行われるになりました。

同時に、上流で「氷河湖」がいくつか存在することが明らかになってきました。氷河は寒冷期には土砂をブルドーザーのように押しながら山を降りてきます。しかし、気候が温暖化してくると、押してきた土砂を残して後退をはじめ、土砂がダムのようになって水がたまるのです。土砂のダム(モレーン)は最初は氷がセメントの役割をしていて堅固ですが。温暖化が進むと溶けて弱くなり、そしてある日決壊して大洪水を引き起こします。これが「氷河湖決壊洪水(Glacier Lake Outburst Flood:GLOF)」です。私も担当者としてこのリスクへの対処を指摘しましたが、世銀を初めとする支援国・支援機関がリスク評価を行うことになりました。1995年には専門家によりネパール領内の4500mの高地での実地調査が行われましたが、アルン川は上流はチベット(中国領)に属し、そこにも多くの氷河湖があることが指摘されていました。

001087 結局、1995年に世界銀行がこのアルンIIIプロジェクトの支援からの撤退を決め、他のドナーもこのプロジェクトへの支援を断念しました。世界銀行が判断に至った理由は、「専門家パネル」の調査報告書の指摘事項等を総合的に勘案してという以上のことは言えないと思いますが、氷河湖決壊洪水のリスクも勘案されたことは間違いと思います。そして、氷河湖決壊洪水のリスクを考えればこれは正しい判断だったと今では思います。1985年に発生したディグ・ツォ氷河湖決壊では実際にいくつかの集落とともに水力発電所が流されています。発電所があることによって被害が倍加される可能性もさることながら、国家予算への影響も心配されるほどの巨額の投資を投じて建設される発電所が一瞬にして壊滅した場合には、電力供給に深刻な影響を及ぼし貧困な経済にきわめて大きな負担を与えてしまいます。致命的なインパクトを伴う氷河湖決壊が何年に一回の確立で発生するかの評価は難しくても、その考えうる最大の被害が発電所の喪失であることは明らかです。

この後、ネパールでは、より氷河湖決壊洪水の被害のリスクがより少ない(もちろん皆無ではない)と考えられていたカリガンダキ川に、規模もアルンIII発電所より小さな150MWクラスの発電所を建設し、現在は完成し稼動しています。これは日本とアジア開発銀行が支援しました。リスクの点から考えれば適切な選択だったと思いますが、ネパールの電力不足を根本的に解消するには至っていません。その後も、私はネパールの電力当局者を話をする機会がありましたが、ネパール政府としてはアルンIIIあるいは同等の大型発電所の建設は断念してないと思います(現在は直接の関係を持っていませんので、最新の情報は把握していません)。開発を加速させ貧困を削減するために電源開発を急ぎたいネパール政府の立場は痛いほどわかります。将来、全体の設備容量が増加し、災害の際の対応に向けたキャパシティーが向上し、氷河湖の実態の解明が進めば、再度開発に着手できる可能性があると思います。リスクは管理することができますが、それは国の発展レベルやキャパシティーによって可能な場合と不可能な場合があります・

一方で氷河湖決壊洪水のリスク自体は、温暖化の進行によってより高くなっています。決壊の危険性のある氷河湖の調査が進んでいます。氷河湖決壊洪水そのものに対する防止策や被害の軽減策を考えなければならないことは明らかで、現在、世銀などによってさまざまな取り組みが行われています。

Scan250207 上記のネパールの事例は、経済的な余力の少ない開発途上国でプロジェクトを実施する場合の、リスク評価の難しさと重要性を示すものだと思います。途上国のリスク負担能力には限界があります。それを開発計画の中に反映させていかなければなりません。また、リスクそのものの軽減策を講じていかなければなりません。資金や人材に乏しい開発途上国ではそれは先進国に比べてはるかに困難です。一方で、安心、安全な生活を求める気持ちは先進国、途上国に違いはありません。途上国の場合、災害が起こった場合の回復がより困難なことを考える必要があります。日本は現時点では東日本大震災への対処のさなかにあって、とても他国への支援どころではないという意見はその通りだと思いますが、このような災害とそれへの対処の経験を、途上国と共有し、長期的に支援していくことは不可欠だと思います。

<写真>

(1)アルン川 上流は国境を越えてチベットになります。ヒマラヤ造山運動の前からこの川が存在していた証拠とされています。

(2)1993年5月に開催された地元住民との対話集会

(3)アルンIII プロジェクト最寄りのツムリンタール飛行場。舗装されていないダートの滑走路に離着陸します。

(4)アルン川のつり橋。地元の皆さんの生活路です。

2011年6月12日 (日)

東日本大震災から開発学(Development Studies)へ・開発途上国と自然災害リスク(1)

震災後3か月が経ちました。あらためまして、亡くなれた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々にお見舞い申し上げます。

東日本大震災以後、私の専門とする国際開発の分野でも、震災が議論の中心になっています。また、多くの国際協力NGOが被災地支援に取り組んでいます。その中で、先日、6月4日に国際開発学会第12回春季大会がJICA研究所(開催校は埼玉大学)開催され、「東日本大震災と国際協力:大震災が国際協力・国際開発研究に突き付けたもの」をテーマとして共通論題セッションがもたれました。大震災を経て国際協力や国際開発のアジェンダや研究すべきテーマがどう変わっているか、どう変わらなければならないかは私としても大きな関心を持っていす。しかし、セッションは全体で2時間と短く、主に現在の震災対応についての議論になりました。もちろん、今一番重要な事項は、被災者の支援と被災地の復旧・復興ですので、それはやむを得ないことですが、「今回の震災を通じて日本からグローバルな知識、経験として発信し世界と共有できるものはなにか」、「国際協力や国際開発の経験から震災対応に生かせるものはなにか」という議論を想定していた私にとっては、発言の機会が回って来なかったことは、若干不満を残すこととなりました。

そこで、このブログで、これまで書いてきたことも含めて、少しづつ議論を整理していきたいと思います。

1.貧しさを直撃する災害

今回の大震災の被害額は世界銀行の推計では国内総生産(GDP)の2.5%~4%、金額にして1220億~2350億ドルになる見通しが示されています。人口規模が日本よりやや多いバングラデシュのGDP(894億ドル;2008年)よりも大きな金額が一瞬にして失われた計算になります。この損害額は世界の大部分の途上国の一国のGDPを上回ります。もちろん工業化が進み地価も高い先進国では損害金額は高く表示されます。先進国での災害は損害が大きく見積もられ、また世界のマスコミの扱いも途上国の場合よりは大きくなります。これでは、途上国の災害が過小評価されることにならないでしょうか?

次に、人的被害に的を絞って比較してみると、実は東日本大震災よりも多くの被害を生じている災害が21世紀に入ってから頻発していることがわかります。犠牲者の多い方から並べると以下の通りです

スマトラ大地震・インド洋津波(死者不明227,898人)2004年
ハイチ大地震(222,570人)2010年
ミャンマー(ビルマ)サイクロン・ナルギス(138,373人)2008年
中国四川大地震(87,587人)2008年
パキスタン大地震(86,000人)2005年
イラン地震(31,000人)2003年
東日本大震災(23,482人:6月12日)2011年

地震については米国政府内務省地質局、水害についてはアジア防災センターのデータ

Dsc_0106 このように、東日本大震災より犠牲者の多い自然災害が21世紀に入ってからでも6件あり、平均すると1年半に一回生じていることになります。世界的レベルでは今回の規模の災害は1000年に一度でも想定外でもないのです。しかも東日本大震災以外はすべて開発途上国で発生しています。日本でも国家レベルでの復旧、復興予算の確保、企業活動や個人家計の生計の再建資金の確保は極めて困難な課題ですが、社会全体の貯蓄が乏しく、政府にも個人にも資金の余裕がない途上国では、問題がより深刻なことはあきらかです。そして、災害は多くの場合、より条件の悪い環境で生活、居住する貧困層により大きな打撃を与えます。また、貧困層は深刻な被害からの回復が困難で、慢性的な貧困から抜け出せなくなる事例が多いのです。このように、貧困と災害は結びついており、この克服はグローバルな課題といえます。

先進国では、システムや設備に余裕を持たせる「冗長性redundancy」で被害の緩和がある程度可能です。上に書いた国際開発学会の共通論題セッションでも「冗長性の確保」が災害対策のポイントとする議論もありましたが、開発途上国で「冗長性」を要求するにが難しいは明らかです。ではどうすればよいのか? ここから、東日本大震災と開発学の接点の議論がはじめたいと思います。

2.確率的事象と不確実性(ブラック・スワン現象への備え)

Dsc_0111 私は途上国のプロジェクトに多く携わってきましたが、プロジェクトが自然災害の被害を受けることは時々あります。1990年代の初頭にネパールで、水力発電所周辺で水害が起こり、施設が被害を受けるということがありました。その際問題になったには、水害の確率と設計です。設計上は100年確率ということになっていましたが、水害の規模はそれを上回っていたものと推定されました。想定するためのデータが十分ではなかったという問題です。しかし、データがあったとしても、少ない発生確率の大規模災害に対応するために施設を限りなく頑健にすることは、特に開発途上国では経済的に困難です。100年確率ということは100年間の期間では設計を超える事態が起こりうるということです。仮にこれを1000年確率に引き上げた場合、大幅なコスト上昇を招いてしまいます。今回の津波でも、高さ10mの堤防を整備したが、今回の津波で簡単に乗り越えられてしまったので、次は1000年確率で高さ30mの堤防を作るべきかという議論が行われています。高さ30mの堤防は建設費がかさみ少なくとも経済的に実現可能(feasible)ではなくなってしまいます。原子力安全委員会の班目春樹委員長が「すべての想定を行なったら原子力発電所は作れなくなる」という趣旨の発言を行っていたことが問題とされていますが、プロジェクトの実施のためにはどこかで割り切る必要があるのは事実です。

資金的余裕の少ない途上国の場合「どこで割り切るのか」というのは難しい問題です。先進国と同じようjな考え方で設計し、冗長性を確保する場合、開発そのものが負担可能(affordable)でなくなってしまうことが危惧されます。一方で緩い基準を適用した場合に、多くの人的被害を出せばそれは倫理的に容認できないでしょう。

ただ、一つだけ言えることは、先進国でも途上国でも想定を超える事態は必ず起こりうるということです。ナシーム・ニコラス・タレブ (著) ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質 はこの問題を考えるヒントを与えてくれます。発生確率は極めて低いが、規模が極端に大きく、致命的、壊滅的な結果をもたらす事象にどう対処するかという問題です。地震や津波のような災害は過去1万年のデータが得られたとしても十分でありません。10万年のようなスパンでも起こりうるからです。

このような不確実性の領域に属する事態に備えるためには、当事者がコントロールできない事態が生じた場合、最悪の結果がどのようなものかを最大限想定することだと思います。地震の規模は想定できなくても起こりうる最悪の事態は、水力発電所の場合であれば、ダムの決壊や発電所の全壊です。その場合に、被害の緩和策が可能かどうか、その緩和策を実行できるかどうかがポイントです。緩和策では対処不可能で壊滅的な結果が予想される場合にはプロジェクトの断念、もしくは開発政策の根本的再検討が余儀なくされます。大型の水力発電所計画の場合、それが破壊された場合の物理的インパクトのほかに、その発電所がその国の電力供給の中で大きなシェアを占め、国全体としての依存度が高くなる場合、この発電所がストップした場合の供給予備力の確保という緩和策が講じられなければ、そもそもそのような大型の発電所は作るべきではない、それよりも、規模の小さな発電所を複数、順次建設していく方が望ましいという結論になります。これは実際に私がネパールで経験した事例です。

一般に開発途上国での巨大プロジェクトはリスクが大きく、慎重に対応しなければなりませんが、今回の福島第一原子力発電所の状況を見ると、日本のような先進国でも慎重にならなければならないと思います。

緩和策が対処可能かどうかどうかはその国の政府、関連組織、住民、個人、およびこれら総体としての社会の能力が問われます。言い換えれば、徹底したリスク・アセスメントを行い、対処策を立案、実行する能力によって、何ができるかが左右されることになります。

そこで次の課題はこのような「対処能力」を向上させていくかです。

(続く)

写真
(1)仙台港付近(5月5日)
(2)仙台市若林区 周囲は平地で高台がない。宮城県の復興構想では海岸に盛り土を行い、高速道路、鉄道による多重の津波防御を行うことが提案されています。

2011年6月 3日 (金)

東日本大震災(6):政治への「絶望」と市民社会への「希望」

震災から3か月経ちこの間の政府の対応が適切だったかどうかが大きな争点になっています。しかし、実際にこのような災害への政府や政治の対応に対する評価は極めて難しいと言わざるを得ません。それは、どのように対応すれば適切として評価できるかについての基準を事前に決めることがきわめて難しいからです。現在の批判の多くは「あのときこうしていればこういう事態は避けられた」という指摘ですが、これは多くの場合、事後的にのみ言いうるもの(後知恵)でしかないと思います。もちろん、事後的には判断ミスとしかいいようのない事態もありましたが、人間は緊急事態にとっさに最善の合理的行動ができるとは限りません。むしろ、人間の誤った判断を吸収し影響を緩和できるような、フールプルーフ(foolproof)なシステムを採用してこなかったことがもっとも大きな反省事項です。

福島第一原子力発電所の事例はまさにこのケースだと思います。6月2日に発表されたIAEA(国際原子力機関)の報告書は「事故直後の状況を考えると、実際に行われた対応は実行可能な最良の方法だった」と評価する一方で、津波の想定が過小評価だったことや安全規制当局の独立性がIAEAの3年前の指摘にもかかわらず改善されておらず、事故対応にとって問題だったと指摘してますが、災害対応の「政策評価」としては極めて妥当なものだと思います。個々の対応よりもシステム全体が評価と反省の対象にならなければならないのです

Dsc_0026 評価に関してもう一つ見落とされているのは、さまざまな対応によって「被害が回避された」あるいは「被害が最小限に抑えられた」というベストプラクティスの発見と知識としての共有です。前回の記事で紹介した、宮古市鍬ヶ崎地区角力浜(すもうはま)のような人的被害が最小限にされたケースや、高速道路が短期間で復旧したような「わかりやすい」ケースは散発的に報道されていますが、本格的な情報の収集と知識としての整理はこれからです。企業や学校、地域社会などでは、リスク管理のシステムと現場の人々の責任倫理によって被害の軽減と迅速な復旧が実現しているケースも多いはずです。これは今後、同種の災害が発生したときに被害の防止や軽減に大きな役割を果たし、グローバルな知識として世界にも貢献できるはずです。

ところで、ここ数日の「政局」には私も本当に失望しています。いや絶望と言ってもよいでしょう。しかし、当然これはそのような政治家しか選べなかった有権者の一員としての自分に帰ってくる問題です。政治に失望・絶望するということは、評価の視点から言えば、「あるべき政治」という「評価基準」に照らして、それに遠く及ばないことを問題にすることです。しかし、このような時期ですから、そもそもその評価基準が果たして妥当かどうか、冷静に考えてみることも必要だと思います。

この点に関しては、小泉政権以降、私自身も思い違いをしてきたのではないかと感じるところがあります。小泉政権はその強引な手法の反面、強いリーダーシップを発揮してきました。毀誉褒貶はありますがさまざまな目に見える変化をもたらすことにも成功しました。この時以来、変化をもたらすリーダーシップを政治家あるいは政治の資質の評価基準とする暗黙の国民的コンセンサスが成立し、2009年の政権交替もこのような背景の中で行われたのだと思います。しかし。小泉改革を進めることができた原因は、小泉氏の個人的な能力によるところが大きく、その中には官僚の中から「改革派」「改革への協力者」を引き出せたセンスも特筆されるべきです。

Dsc_0084 一方で、これまでの日本は利害調整型政治が続き、政治家もこの「需要」に沿って人材が育てられてきました。小泉氏は例外的存在で、同氏のような特異な才能のない政治家に同じような「政治主導」のドラスティックな変化を求めた結果が今日の状況です。現実性や政策的体系性の弱いマニフェストを生み出し、十分に吟味されない理念と方法論が先行する「脱官僚」やパフォーマンスを誘発しています。さらに、首相の不信任案が国会で審議されながら、現首相に代わる代替案を誰も提示できないという結果に陥っています。私はもちろん政治にリーダーシップが必要だと思いますし、世界的な変化・激動の時代に調整型の政治では対応できないと思います。しかし、現実にリーダーシップを担えるような政治家が育っていない以上、そこは「次善の策」を選択せざるを得ないと思います。その次善は「関係者のインセンティブと能力を最大限に配慮した調整型の政治」ではないかと思います。

今、一つの希望は、災害に対応している現場の人々、そして市民の間で広がっている助け合いです。中央政府レベルにおける政策の「遅れ」や「不在」に対して、現に被害に遭われたかた方や関係の自治体は必死です。ボランティアに直接参加するとしないとを問わず、市民は「共同の困難」に共に向き合っていこうとしています。実は5月15日の記事で紹介したレベッカ・ソルニットRebecca Solnit(高月園子訳)の「災害ユートピア」(亜紀書房ISBN978-4-7505-1023-1 原題 A Paradise Built in Hell - The Extraordinary Communities that built in Disaster )は、災害時に市民が柔軟で強靭なのに対し政府が無能力である問題を取り上げています。その理由は、現場や市民の側が現地の状況、ニーズなどについての情報を迅速に入手し対応できるのに、政治にはそれができないから だと説明されています。私もその通りだと思います。

Dsc_0001_2 そこで第一の課題は、そのような現場のニーズを把握して政策としてまとめていくメカニズムづくりです。まずは、地方の行政が、その地域の特性に応じた政策作りの主体になるべきです。そして、中央政府が必要な資金、技術の支援を行うことは必要ですが、トップダウンの枠組みを押し付けて邪魔をすることは避けるべきです。中央政府の第一の仕事は「仕事をやりやすい環境enabling environment」づくりです。もう一つの課題は、市民の活動やそこから得られた情報、気付きを政策に組み上げていく仕組みとして、民間の政策立案機能を創り化していくことです。これまで、政治主導の政策形成の議論の中で、官僚依存から脱却するためには、官僚以上の能力を持った民間のシンクタンクが必要であるということが何度となく論じられてきましたが、民主党政権でもこの提案はまともに取り扱われず、むしろ客観的証拠に基づかない政治家の思い付きが横行するような結果を招いています。民間の政策能力を向上すること、そのための人材育成、環境づくりを進めることが、政治改革の中で不可欠だと思います。政府が弱ければ民間が強くなる。官僚に対抗できる能力を市民が持つ、そして責任ある市民として政策形成と選択に参加する。もし、この方向に向かっていくことができるのであれば、混乱し弱体化する現在の政治の予期せざるプラスの効果といえるでしょう。このように少しでもポジティブな方向を考えなければ、現在の政治状況は絶望以外になくなります。

写真
(1)石巻郊外のショッピングセンター。避難所の指定はあるが低層階は浸水した。
(2)日本製紙石巻工場の引き込み線。全国的に紙の需給ひっ迫を招いている。
(3)仙台駅。外壁の修復工事中。

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