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2011年6月12日 (日)

東日本大震災から開発学(Development Studies)へ・開発途上国と自然災害リスク(1)

震災後3か月が経ちました。あらためまして、亡くなれた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々にお見舞い申し上げます。

東日本大震災以後、私の専門とする国際開発の分野でも、震災が議論の中心になっています。また、多くの国際協力NGOが被災地支援に取り組んでいます。その中で、先日、6月4日に国際開発学会第12回春季大会がJICA研究所(開催校は埼玉大学)開催され、「東日本大震災と国際協力:大震災が国際協力・国際開発研究に突き付けたもの」をテーマとして共通論題セッションがもたれました。大震災を経て国際協力や国際開発のアジェンダや研究すべきテーマがどう変わっているか、どう変わらなければならないかは私としても大きな関心を持っていす。しかし、セッションは全体で2時間と短く、主に現在の震災対応についての議論になりました。もちろん、今一番重要な事項は、被災者の支援と被災地の復旧・復興ですので、それはやむを得ないことですが、「今回の震災を通じて日本からグローバルな知識、経験として発信し世界と共有できるものはなにか」、「国際協力や国際開発の経験から震災対応に生かせるものはなにか」という議論を想定していた私にとっては、発言の機会が回って来なかったことは、若干不満を残すこととなりました。

そこで、このブログで、これまで書いてきたことも含めて、少しづつ議論を整理していきたいと思います。

1.貧しさを直撃する災害

今回の大震災の被害額は世界銀行の推計では国内総生産(GDP)の2.5%~4%、金額にして1220億~2350億ドルになる見通しが示されています。人口規模が日本よりやや多いバングラデシュのGDP(894億ドル;2008年)よりも大きな金額が一瞬にして失われた計算になります。この損害額は世界の大部分の途上国の一国のGDPを上回ります。もちろん工業化が進み地価も高い先進国では損害金額は高く表示されます。先進国での災害は損害が大きく見積もられ、また世界のマスコミの扱いも途上国の場合よりは大きくなります。これでは、途上国の災害が過小評価されることにならないでしょうか?

次に、人的被害に的を絞って比較してみると、実は東日本大震災よりも多くの被害を生じている災害が21世紀に入ってから頻発していることがわかります。犠牲者の多い方から並べると以下の通りです

スマトラ大地震・インド洋津波(死者不明227,898人)2004年
ハイチ大地震(222,570人)2010年
ミャンマー(ビルマ)サイクロン・ナルギス(138,373人)2008年
中国四川大地震(87,587人)2008年
パキスタン大地震(86,000人)2005年
イラン地震(31,000人)2003年
東日本大震災(23,482人:6月12日)2011年

地震については米国政府内務省地質局、水害についてはアジア防災センターのデータ

Dsc_0106 このように、東日本大震災より犠牲者の多い自然災害が21世紀に入ってからでも6件あり、平均すると1年半に一回生じていることになります。世界的レベルでは今回の規模の災害は1000年に一度でも想定外でもないのです。しかも東日本大震災以外はすべて開発途上国で発生しています。日本でも国家レベルでの復旧、復興予算の確保、企業活動や個人家計の生計の再建資金の確保は極めて困難な課題ですが、社会全体の貯蓄が乏しく、政府にも個人にも資金の余裕がない途上国では、問題がより深刻なことはあきらかです。そして、災害は多くの場合、より条件の悪い環境で生活、居住する貧困層により大きな打撃を与えます。また、貧困層は深刻な被害からの回復が困難で、慢性的な貧困から抜け出せなくなる事例が多いのです。このように、貧困と災害は結びついており、この克服はグローバルな課題といえます。

先進国では、システムや設備に余裕を持たせる「冗長性redundancy」で被害の緩和がある程度可能です。上に書いた国際開発学会の共通論題セッションでも「冗長性の確保」が災害対策のポイントとする議論もありましたが、開発途上国で「冗長性」を要求するにが難しいは明らかです。ではどうすればよいのか? ここから、東日本大震災と開発学の接点の議論がはじめたいと思います。

2.確率的事象と不確実性(ブラック・スワン現象への備え)

Dsc_0111 私は途上国のプロジェクトに多く携わってきましたが、プロジェクトが自然災害の被害を受けることは時々あります。1990年代の初頭にネパールで、水力発電所周辺で水害が起こり、施設が被害を受けるということがありました。その際問題になったには、水害の確率と設計です。設計上は100年確率ということになっていましたが、水害の規模はそれを上回っていたものと推定されました。想定するためのデータが十分ではなかったという問題です。しかし、データがあったとしても、少ない発生確率の大規模災害に対応するために施設を限りなく頑健にすることは、特に開発途上国では経済的に困難です。100年確率ということは100年間の期間では設計を超える事態が起こりうるということです。仮にこれを1000年確率に引き上げた場合、大幅なコスト上昇を招いてしまいます。今回の津波でも、高さ10mの堤防を整備したが、今回の津波で簡単に乗り越えられてしまったので、次は1000年確率で高さ30mの堤防を作るべきかという議論が行われています。高さ30mの堤防は建設費がかさみ少なくとも経済的に実現可能(feasible)ではなくなってしまいます。原子力安全委員会の班目春樹委員長が「すべての想定を行なったら原子力発電所は作れなくなる」という趣旨の発言を行っていたことが問題とされていますが、プロジェクトの実施のためにはどこかで割り切る必要があるのは事実です。

資金的余裕の少ない途上国の場合「どこで割り切るのか」というのは難しい問題です。先進国と同じようjな考え方で設計し、冗長性を確保する場合、開発そのものが負担可能(affordable)でなくなってしまうことが危惧されます。一方で緩い基準を適用した場合に、多くの人的被害を出せばそれは倫理的に容認できないでしょう。

ただ、一つだけ言えることは、先進国でも途上国でも想定を超える事態は必ず起こりうるということです。ナシーム・ニコラス・タレブ (著) ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質 はこの問題を考えるヒントを与えてくれます。発生確率は極めて低いが、規模が極端に大きく、致命的、壊滅的な結果をもたらす事象にどう対処するかという問題です。地震や津波のような災害は過去1万年のデータが得られたとしても十分でありません。10万年のようなスパンでも起こりうるからです。

このような不確実性の領域に属する事態に備えるためには、当事者がコントロールできない事態が生じた場合、最悪の結果がどのようなものかを最大限想定することだと思います。地震の規模は想定できなくても起こりうる最悪の事態は、水力発電所の場合であれば、ダムの決壊や発電所の全壊です。その場合に、被害の緩和策が可能かどうか、その緩和策を実行できるかどうかがポイントです。緩和策では対処不可能で壊滅的な結果が予想される場合にはプロジェクトの断念、もしくは開発政策の根本的再検討が余儀なくされます。大型の水力発電所計画の場合、それが破壊された場合の物理的インパクトのほかに、その発電所がその国の電力供給の中で大きなシェアを占め、国全体としての依存度が高くなる場合、この発電所がストップした場合の供給予備力の確保という緩和策が講じられなければ、そもそもそのような大型の発電所は作るべきではない、それよりも、規模の小さな発電所を複数、順次建設していく方が望ましいという結論になります。これは実際に私がネパールで経験した事例です。

一般に開発途上国での巨大プロジェクトはリスクが大きく、慎重に対応しなければなりませんが、今回の福島第一原子力発電所の状況を見ると、日本のような先進国でも慎重にならなければならないと思います。

緩和策が対処可能かどうかどうかはその国の政府、関連組織、住民、個人、およびこれら総体としての社会の能力が問われます。言い換えれば、徹底したリスク・アセスメントを行い、対処策を立案、実行する能力によって、何ができるかが左右されることになります。

そこで次の課題はこのような「対処能力」を向上させていくかです。

(続く)

写真
(1)仙台港付近(5月5日)
(2)仙台市若林区 周囲は平地で高台がない。宮城県の復興構想では海岸に盛り土を行い、高速道路、鉄道による多重の津波防御を行うことが提案されています。

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