« ミレニアム開発目標への懐疑論 | トップページ | インド・持続的発展の現場から(3):自立と持続性 »

2010年10月17日 (日)

開発問題として見たチリの鉱山救出

8月下旬にチリの落盤事故と生存者発見のニュースに接して以来、無事に生還することを祈っていましたが本当によかったです。

ところで、この事故と救出ですが、開発の問題として考えるべき点がかなり多いと思います。

まず第一はガバナンスです。今回の救出劇は「大統領が政治的に利用している」、「スタンドプレーだ」などと批判する声もあるようです。しかし、重要なのは政治的だろうがなんだろうが人命の救出につながることです。自由な言論と政府批判が許され政権交代が可能な民主国家では、為政者の不適切な対応は選挙を通じた政権交代に直結します。このような力が、政府の適切な公共政策へ向けたプレッシャーとして機能します。一方、そのような民主主義が担保されないところでは、政府の対応に不満を持ってもそれを声に出せず、また出したとしても権力者がそれを圧殺してしまうことは簡単です。公共政策の適切さを担保するものが不十分です。

BBCなどによれば、世界では毎年1万2千人以上の鉱山労働者が事故で命を失っており、中国だけでも3000人に達するようです。ロシアや中国では同じような事故が起こっても、政府がチリのように全力で人命救助に取りくむだろうかという疑問と不満の声が上がっています。これは、人々の声を圧殺する権力への怨嗟でもあります。アマルティア・センは「飢饉と飢餓は違う。民主主義が確保されているところでは、人々の声や情報が権力に伝わり、また権力も人々の遭遇する困難に適切な公共政策をもって対応する」としていますが、まったくそれと同じです。ガバナンスの良し悪しが人間の生存に直結していることを実感で来ます。

第二はグローバルな市場経済との関係です。チリは鉱業が基幹産業、主要な輸出産業の一つですが、鉱物等の資源は国際市場で取引される商品です。そこには、国際競争の名の下に、常にコストダウンへの圧力があります。今回の事故の一因として指摘されているのが、自由主義政策です。1970年に社会主義のアジェンデ政権を武力で倒した右派のピノチェット政権は、その後、規制緩和、民営化などの「シカゴ大学(注)の実験場」といわれるほどの自由化政策を強力に進めます。安全などの規制も緩和されていきます。このような自由化政策はチリの鉱産物の国際競争力を高めますが、一方で安全性に問題のある鉱山の乱立につながったと指摘されています。チリも1990年に保守ながら反ピノチェット政権が成立し民主化が進んでいきますが、多くの負の遺産が残ったようです。

(注)ミルトン・フリードマンなどの自由主義の論客を擁していた。

人名にかかわるような安全基準の緩和によりコストを下げ国際競争力の強化を図るのは言語道断というほかはありませんが、グローバル経済の中で各国の協調行動を促すのは簡単ではありません。この問題は、一般的な「労働基準の国際基準」を設けるべきかというところに拡大します。安全だけでなく生活や健康を維持できる賃金や労働時間などの国際最低基準を設けようとうことになれば、低賃金を武器にグローバル競争の中で発展している国々の同意を得ることは困難です。ただ、この場合も、民主主義が確立しているところでは人々の声が権力者に伝わり、すこしでも条件の改善に改善につながっていく一方で、独裁国では人々の声が圧殺されてしまうことが考えられますので、第一のガバナンスの問題に関連しています。

第三の人間の「価値」格差です。ここでいう「価値」とは、メディアの取り上げ方の格差のことですが、このような事故が起こった時のメディアの取り扱いは、ほぼ一人当たりの国民総所得(GNI)に比例しているように思えます。昨年3月、私がタンザニア滞在中に、宝石(タンザナイト)の鉱山で大雨で坑道に水が流れ込み100人以上が犠牲になるという悲惨が事故がありました。もちろん、地元の新聞では大きく取り上げられていましたが、国際的な扱いはきわめて小さく、特に日本のマスコミではほとんど報じられていませんでした。人間の命の価値は一人当たりの国民総所得で測られてはならないことはいうまでもありませんが、一方で、現実は確実に人間の命の市場価値を冷たく計算しています。

政府と市場をいかに「人間の心」をもつものにしていくのか・・・が、開発の研究に課せられた難題です。

« ミレニアム開発目標への懐疑論 | トップページ | インド・持続的発展の現場から(3):自立と持続性 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

チリの落盤事故からの全員救助、ほんとうにうれしく思います。
しかし、今回の報道から数日で中国などでも同様の事故が起きているという報道され、これがほんの一握りでしかないということを実感しました。
日本の大型掲示板では「中国の自作自演だ」などの皮肉なコメントも寄せられていましたが、中国に限らず、多くの途上国では今回のような救出劇にはならないのではないかと思いました。
先生も授業で行っていたとおり、統計以上の犠牲者がいて、その正確な確認も非常に難しいでしょう。
この問題に対して先生がガバナンスからの視点として授業で語っていましたが、私は民主主義としてのメディアの働きの重要性を再確認しました。先生の体験したタンザニアの件については非常に残念なケースですが、今回の件では遠い南米の国での事件が世界中を駆け巡り世界の援助を取り付け、日本人へも大きな関心を寄せさせた点、情報のグローバル化が進展が世界の諸問題解決への大きなアプローチへとなる鍵だと感じました。
また、ノーベル平和賞を受賞した劉氏や天安門事件しかり、情報統制を布いていている国、鎖国状態で独裁をしている国でも世界的なネットワーク、グローバル社会では無力であり、一人ひとりの声、関心が大きな意義を持つと確信いたしました。

毎回先生の文章読んで、凄く勉強になりました、ありがとございます。一言、先生と交流したいです。
今回のテーマですが、チリの鉱山事件全員救出されて、ほんとによかったんですけれども、世界の中に、めったにないでしょう。 
確かに、鉱業は経済的利益が高いですから、たくさんの国が採掘しています。中国で、河南省だけで、大小鉱山計何千所以上、その中に、私鉱(個人所有)の鉱山は統計できないです。チリの鉱山事故全員救出に対して、昨日、中国河南省平頂山鉱山が事故が起きました。今まで、犠牲者やく25人、増える可能性は高いそうです。河南省の鉱業管理局が設置されていますが、管理が凄く混乱し、新規鉱山に対しの審査も優しいそうです。特に私有の鉱山の作業場の施設と環境、もっとも劣悪だそうです。その結果、事後がよく起きています。事後、作業員に、賠償も少ないさらに無賠償。
労働者の命も貴重なものです。市場経済の発展、国家や国の機関あるいは団体企業など、はたらす経済利益を追求してる一方、非人道的に労働者を搾取するのは、経済発展と人権にとっては、逆の方向に走ると思います。中国は特に厳しいです。逆に、イギリス鉱山ゼロ事故の例から見てみると、イギリスは完備の巡回員制度があるので、一つ一つの鉱山が巡回員が配置されています。安全を守るほかに、騒音や粉塵、排水なども監視しています。もしある鉱山が潜在的な安全弊害があったら、この鉱山に作業停止の命令もできます。民間機関も協力しています。「全英鉱山ガイドブック」を作って、イギリスすべての鉱山の責任者の名前と電話番号も収録して、公衆に監督させます。さあ、中国これからどうする??!!

今更ですが、記事を見つけたのでコメントを残させて頂きます。

この話題に関しては、去年のニュースで尖閣諸島沖の追突事件と並ぶくらいに印象に残っています。

幼なじみの祖父ラウール・バルガスは、ペルのTVに毎日のように登場する有名な政治評論家です。そのラウールが落盤事故の全員救出のあと、チリの大統領、婦人とTV番組で会談をしました。
いつもは、おちゃらけてみせるラウールですが、この日は、まじめに会談を進めていきました。
このときは、幼なじみに通訳をしてもらいながら映像をみました。

ウェブ上で見られると思うのでよかったら見てください。

今更ですが、記事を見つけたのでコメントを残させて頂きます。

この話題に関しては、去年のニュースで尖閣諸島沖の追突事件と並ぶくらいに印象に残っています。

幼なじみの祖父ラウール・バルガスは、ペルのTVに毎日のように登場する有名な政治評論家です。そのラウールが落盤事故の全員救出のあと、チリの大統領、婦人とTV番組で会談をしました。
いつもは、おちゃらけてみせるラウールですが、この日は、まじめに会談を進めていきました。
このときは、幼なじみに通訳をしてもらいながら映像をみました。

ウェブ上で見られると思うのでよかったら見てください。

約2カ月もの間、作業員たちが閉じ込められた場所は、温度35度、湿度90%という悪環境であり、彼らは、水虫・皮膚炎・擦り傷などにも悩まされていたそうです。こんなにも悪環境であり、狭いところで33人もの人間が暮らすのは、精神的、体力的にも、とても辛かったと思います。救出を信じ、パニックにならずに、全ての人がこんなに長い間持ちこたえられた要因は、何だったのでしょうか?地上からの家族や友人の励ましや、地下での作業員の結束力が、彼らを支えたのだと思います。そして、諦めず最後までリードした、リーダーの存在も大きいように感じます。本当に奇跡の生還だと思いました。

この記事をみて、国際経済においてコストダウンの圧力がかかっているという文見て、それは資源の価値も下げているのと同じだと思いました。それは、天然資源が無限に出てくるのを程にしているようで、それでは自然資源がより速く無くなってしまうのに拍車をかけているように思います。さらに、コストがさがるということは、給料が下がったり、低賃金で働かされる人が、増えるということなので、また貧しい層の人々を増やしていると思います。これは、中国やチリだけで解決できる問題ではなく、国際的に重要な課題だと思います。何故なら、そうでもしないと皆安いほうを欲しがるのは当たり前ですし、ビジネスとなると更に内面より、上辺しか見ないと思うからです。(その現場が悲惨でも、関係ないといった感じで見ようとしないと思う)それに、燃料や宝石を見ても、その裏に命がけで働いているという人がいるのは、そても連想されにくく、使っている我々も安いものを求めてしまいがちです。lこれこそ、メディアは事件をしっかりと取り上げるべきだと思いますし、またそれにより考え方は違くとも、多少資源の重要さに気付く人も増える気がします。また、独裁政治では、国民の声が無視されてしまうのならば、やはり国際機関で値段の設定や無理な労働状況に国民を置かせていないかえおチェックする必要もあるのかと思います。ただ、とても無謀な考えかと思いますが。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/550886/49770978

この記事へのトラックバック一覧です: 開発問題として見たチリの鉱山救出:

« ミレニアム開発目標への懐疑論 | トップページ | インド・持続的発展の現場から(3):自立と持続性 »

最近のトラックバック

2016年9月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

Twitter