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2010年10月13日 (水)

ミレニアム開発目標への懐疑論

世界中の政府や二国間援助機関、国際機関でミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)にコミットしていないところはありません。9月の国連総会ではその達成状況をテーマにした首脳会合が開かれ、日本も菅首相が同会合で保健医療と教育分野でそれぞれ約50億ドル,約35億ドルの支援を表明しました。10月初旬に開催されたグローバル・フェスタでもMDGsがテーマとなっていました。MDGsは世界の関心を貧困問題に引き寄せ行動を促している点で、その役割には非常に大きなものがあります。しかし、MDGsには問題はないのでしょうか?

その問題のひとつはMDGs達成状況の指標のとりかたです。国連や世銀のモニタリングは多くの場合、サブサハラ・アフリカや南アジアなどの地域別区分で、「順調に進んでいる(on track)」か「大幅に目標を下回っている(off track)」か、を判断しています。これに対し、米国のシンクタンクで、このブログでもよくとりあげるCenter for Global Development (CGD)が最近レポートを発表しています。このような大雑把な方法ではMDGsの達成状況を性格に把握することはできない、特に地域内の国別の状況の差を見えなくしていると批判した上で、国別に、MDGsの各目標ごとの指標を再検討し、MDGs達成に向けてどの程度改善があったかを進捗の指標とすることを提案しています。この基準によれば、キルギス、ベトナム、ラオス、カンボジア、ブルキナ・ファソなどが特に順調な国とされています。これに対し、問題がある国としてアフガニスタン、コンゴ民主共和国、ギニア・ビサウ、ブルンジなどが挙げられています。

CDGのWonkcastでは、二人のリサーチャー(Michael Clemens氏、Todd Moss氏)が"MDGs懐疑派(MDGs Skeptics)”として紹介されインタビューに答えています。"MDGs懐疑派(MDGs Skeptics)”というのは"温暖化懐疑派(Global Warming Skeptics)"になぞらえたものですが、そこで指摘されているのは、たとえばブルキナ・ファソは100%の初等教育就学率目標にはまだ遠く及ばないためMDGsの目標達成という点では厳しい評価になるが、ここ数年間で就学率を飛躍的に改善させているということです。問題は、このような大幅な改善が現在の評価方法では適切に反映されていないこと、さらには、MDGsが各国の条件を無視して、一律の、しばしば過大な達成目標を押し付ける点です。このようなやり方では、各国がそれぞれの事情に応じてリソースの制約の中で最優先の課題に取り組むという主体性(オーナーシップ)が損なわれます。

このようなMDGsへの批判論、懐疑論とは私も問題意識を共有しています。さらに指摘すれば、大きな問題はMDGsの第一目標である「2015年までに1日1ドル未満で生活する人々の数を半減する」という目標です。貧困削減が重要な目標であることに異議はまったくありませんが、これを字義通り解釈すれば貧困ライン(現在では1.25ドル未満に改訂されていますが)以下の人数しか問題になりません。貧困者を半減しようとすれば、貧困ラインにより近い層=貧困層の中でも比較的条件のよいグループに裨益するような政策を行った方が、最底辺の人々を救うよりも少ない費用で効率的に貧困の半減ができることになります。もちろん、このような貧困の深刻さを測る指標として「貧困ギャップ」や「二乗貧困ギャップ」などがあり、途上国の中には貧困削減政策の中で指標として活用しているところもあるでしょう。しかし、MDGsのレベルではこのような問題が十分に配慮されているとは言いがたいと思います。

もうひとつはより本質的ですが、「1日1ドル」あるいは「1日1.25ドル」というような貨幣的な指標を使うことの問題です。

先日、国際ボランティアセンター(JVC)のセミナーで、ラオスなどで働いていらっしゃる方のお話を聞くことができました。ラオスではこれまで森林からさまざまな動植物を採取することで住民の生活が成り立っていたが、森林がプランテーションで囲い込まれ、これまで自由に利用できたものをお金で購入しなければならず、そのために現金収入が得られる作物に転換したり、仕事そのものを変えたりして、生活が大きく変わってしまった。MDGsでいう1日1ドルというのは、このように貨幣化しなくても良いものを無理に貨幣化することによってかえって住民の生活を損ない貧困を深刻化させているのではないかということです。

MDGsの最大の功績は貧困削減を国際協力の目標として世界中で共有し、人々の関心と意識を高めたことです。しかし、指標の設定方法やモニタリングの方法には多くの改善点があるようです。2015年に終了する現MDGsの後継の目標は必要です。今日、書いたような議論が反映されていくべきだと思います。

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