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2010年6月15日 (火)

夕張に日本そして世界の将来を見る(3) リスクの抑制と負担原則

メキシコ湾の原油流出が止まらず、沿岸、洋上に被害が広がっています。事故を起こしたリグを保有していたBP社に対する非難も高まり、今期の配当中止という事態に追い込まれそうです。あまり考えたくはないですが、損害賠償額がBP社の支払い能力を超えた場合が問題です。湾岸の原油除去や被害補償は誰かが行わなければなりません。最終的には納税者の負担、もしくは被害者の「泣き寝入り」が強いられることになると思います。また、BPに投資していた機関投資家、最終的には年金などの受給権利者にも大きな影響を及ぼします。また、当然、米国、英国以外にも波及していきます。

石油事故は汚染物質が目に見えるのでわかりやすいですが、金融もまったく同じようなことです。一企業の事業活動が、その企業では負担できないようなリスクを含んでおり、そのリスクは国境を越えて世界中にばらまかれています。一方で、リスクの管理や、保険メカニズム、最終的な損害負担者についてのルールはまだ確立されていません。これはグローバルガバナンス上の深刻な問題と言えます。

実は、夕張の問題も、規模こそ小さいものの似たような側面があります。石炭産業は基本的に民間会社の活動ですが、中央政府(経産省)が石炭政策を立案、実施したり安全規制を施行し、民間企業はそれに従う立場にありました。一方で、炭鉱の労働者や家族を含めた地域社会の面倒を見なければならないのは自治体(地方政府)です。企業活動がそのリスクから生じた損害を負担しきれず行き詰った時に、後始末の負担が自治体に行ってしまったと言う構図です。

Sdsc_0242 写真は1987年に閉山になった北炭の真谷地の炭鉱従業員住宅です。「炭住」というと木造のアパートのイメージがありますが、この炭鉱は80年代まで操業していたため、一見マンションのような近代的なものです。この住宅ですが、まだ少数の方が住んでいます。資料から見る限りでも、実際に足を運んで観察した範囲内でも、高齢の方が中心のようです。

1981年の大事故のあと1882年に閉山になった北炭新鉱は、最盛期には2000人の従業員を抱え、家族まで含めば5000人~10000人が暮らせる近代的な炭鉱住宅をもってました。夕張市清陵町と呼ばれる場所を中心に、いまでも大規模な住宅団地が残っています。

炭鉱の閉山で3/4の人が夕張を離れたと夕張市の資料にありますが、逆に言うと1/4が残ったということです。多くは新たな就業先を見つけることが困難なケースであったと推察されます。炭鉱住宅の多くは夕張市に引き取られ市営住宅となりました。その数は現在1万人程度の人口規模対し5000戸以上だったとされています。北炭の病院も市立病院となりました。これらは、多くの人がとりあえずは夕張に住み続けざるを得ない状況ではやむを得なかったと思います。また、夕張市が支払った買収費用が、倒産で解雇された従業員の退職金や遺族への保証金の原資になりました、それがなければ、従業員は無一文で放り出されることになったはずです。しかし、これは市の責任でしょうか?

市営住宅の多くが現在空き家になっています。一方で維持費がどんどんかさみます。収入の途のない高齢者が家賃を払うのはたいへんです。夕張市の財政再建計画書には、市営住宅の合理化や未払い家賃への対処が書かれていますが、問題の深刻さをうかがうことができます。

Sdsc_0101 人口が減り、炭鉱からの所得がなくなれば、当然、炭鉱従業員を顧客としていたサービス産業も大打撃を受けます。この写真は炭鉱が健在だった当時、夕張でももっともにぎやかな町の一つだった若菜ですが、現在では営業している店はごくわずかしかありません。炭鉱会社の事業活動内容は地元の自治体が関与しうるものではありませんが、企業活動の不可欠な従業員の生活を支援するためにインフラを整備したり、撤退後の後始末をしたりするのは自治体です。リスクテーカーと最終的な負担者の不一致が、夕張でも大きな問題なのです。夕張市が住宅、病院その他の買い取りに費やした費用は150億円を超えるとされています。「石炭産業の後始末を国が負担してくれれば、今の夕張の苦境はなかったはずだ」。今回、お話を聞いたお一人が嘆いていました。

では、夕張の場合どうすればよかったのか。後知恵ですが、国(中央政府)が負担すべきだったとしか言いようがありません。「法と経済学」によれば、「リスクの最終的な負担者はそのリスクを最も容易に回避できる当事者に割り振るべき」ということです。その場合、もちろん第一義的には最終負担者は北炭であるべきなのですが、それが倒産あるいは支払い能力なしということになれば、次は、エネルギー政策や安全管理で責任があったはずの中央政府が負担すべきことになります。

企業活動のもたらすリスクは巨大化しています。偶発的(contingent)な事態に備えるような仕組み、例えば保険のようなものが不可欠ですし、リスクそのものを、回避するのではなく、管理して封じ込めるメカニズムが必要です。それをグローバルなレベルで確立していかなければなりません。今まで、野放図に展開(develop)していたものを折りたたんで封じ込める(envelop)ことが必要とされるのです。そしてこのdevelopとenvelopの対概念こそが、これからの開発を考える上で重要です。

(続く)

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