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2010年5月

2010年5月29日 (土)

公共財としての安全保障

地球上から貧困を撲滅することは、極めて大きな意味があります。貧困層の生活条件が改善し悲惨さがなくなることはいうまでもありませんが、貧困がテロや紛争を誘発することもなくなり、また、これまで貧しかった人々が購買力を獲得することによって、世界経済にも大きなプラスになります。

援助で貧困を削減できるかどうかについては議論があるところですが、途上国が資金不足のためにさまざまな貧困削減のプログラムを実施できないことも事実です。したがって、2000年のミレニアム開発目標(MDGs)への国際的合意に続き、2002年にはメキシコのモンテレイで国際開発資金会議が開催され、途上国への資金支援の量的確保が合意されました。MDGsの達成状況、先進国や国際機関の支援状況は国際的なモニタリングが行われており、特に先進国には援助量確保のプレッシャーになっています。なぜプレッシャーをかける必要があるかと言えば、自国が援助量を増やさなくても、他国が援助量を増やせば、そのメリットを享受できることから、どの国もこのような「ただ乗り(フリーライド)」への誘惑があるからです。もし、多くの国がこのフリーライドを始めたら、国際的な貧困削減に向けた行動は成り立たなくなってしまいます。

「料金を払わないでメリットを享受する人を排除できない①」、「ある人がメリットを享受したからといって、それは他の人が同じメリットを享受することを妨げない②」、このような性質をもったものを経済学では「公共財」と定義し、①を非排除性、②を非競合性と言います。例えば、警察を考えてみれば簡単ですが、警察がある限り、警察は、その費用を払っているかどうかにかかわらず社会全体の治安を守るのが仕事です。また。ある人の安全を守っていることが他の人の安全確保を困難にするという関係にもありません。これは警備保障会社を考えてみればわかります。警備保障会社は契約を結んでいる会社や個人しか警備しませんし、そのようなサービスへの需要が多くなれば警備保障契約の価格は値上がりし、お金のない人は警備保障会社と契約することが困難になってしまいます。警察ののような公共財は「ただ乗り」があるために、市場でのあるいは企業の営利活動としての供給が困難であり、政府ないし公的部門が供給します。

公共財の「ただ乗り」問題は深刻です。国内であれば税金を強制的に徴収して国が運営することで解決可能ですが、中央権力が存在しない国際社会では、各国の自発的強力に待つしかありません。モニタリング結果を公表して「国の評価」を介して間接的に行動を促すのが精一杯です。ただ、国際公共財の供給にどれだけ貢献しているかが評価され、プレーヤーがその評価を気にしつつ協力していくという「自発性」に依拠したシステムは、市民社会が公共財を供給する場合のシステムとして参考にできるものと思います。

ところで、防衛(国防)も公共財の一つです。、防衛に対してどのような負担を行っているかどうかに関係なく、国全体を守るわけです。沖縄のように多数の基地を抱えて大きな負担を行っている自治体も、基地や施設の設置をまったくもたない自治体も、日米安全保障条約の枠組の中で守られているわけです。警察などの場合には、交番などの施設は小さいですから、基本的には税金(財政)で薄く広く国民全体が負担することが可能です。一方、大型の基地が必要になる防衛ではこういうわけにはいきません。

今回の普天間基地の移設問題ではっきりわかった深刻な問題は、大阪府の橋下知事のような例外を除けば、全国どこも沖縄の基地を積極的に引きうけようという意思を示すところがなかったことです。これでは現在負担を抱えている自治体の負担軽減はおよそ不可能です。日米安保体制を根本から見直すというのであれば話は別ですが、そこまで根本的な議論が真剣に行われている状況ではありません。移転先として名前が出たある自治他の首長はテレビのインタビューに答えて、「日米安保による抑止力」は必要としつつ、「自分の自治体では受け入れない」としていました。これが大多数の自治体あるいは日本人の大勢の意識を代弁していると思います。しかしこれは上に述べた「ただ乗り」になってしまいます。

国の安全保障というものは「公共財」です。基地などは地元の自発的協力がなければ結局は国による強制となってしまいます。「公共」が「強制」によって担保されるのは好ましくありません。鳩山首相の「新しい公共」の考え方には私も賛同しますが、その前に首相は「公共」とは何かをしっかり語るべきでしょう。昨日(28日)の記者会見でも、防衛が公共財であるというポイントも明確に示されておらず、ましてや公共の中身は語られませんでした。

国家は国民に義務を課す主体です。そのためには十分な説明責任が不可欠です。責任をもって「公共」を語ること、これが行政長である首相に必要な「言葉の重み」です。

2010年5月26日 (水)

朝鮮半島:緊張の最前線

朝鮮半島の緊張が高まっています。北朝鮮は最もわかりにくい国の一つです。これまでも理解が困難な挑発行動や「戦争」「火の海」過剰なレトリックに周辺国のみならず世界中が振り回されてきました。東アジアにおいては冷戦状況が依然として続いているというのが残念ながら現実です。

さて、もう22年前の1988年ですが、南北対立の正面ともいえる板門店に行く機会がありました。古い話で今は少し変わっているかもしれませんが、緊張感が少しでも伝われば幸いです。

板門店訪問は外国人に限られていました。韓国の人は参加できなかったのですが、理由はよくわかりません。韓国から来た留学生に聞きましたが、北朝鮮域内の開城工業団地に多くの韓国人が赴くようになった現在でもそのようです。まずツアー参加前に服装の注意を受けました。粗末な服装やジーンズは禁止でした。北側に「資本主義世界の生活レベルは低い」という宣伝材料を提供しないようにするという説明ですが、なぜジーンズが禁止かはよく理解できませんでした。また、北朝鮮の兵士に笑顔を見せてはいけないともいわれました。これも宣伝材料に使われないようにするためという説明でした。さらに、写真撮影の注意と、「遠くを見て指さしてはいけない」という指示がありました。ピストルを構えていると誤認される恐れがあるということでしたが、これはよくわかります。

板門店に到着するとまず国連軍の基地に入ります。拒否権を持つソ連がたまたま中国の代表権問題で欠席していたために成立した国連軍です。l国連軍の主体はもちろん米軍です。基地では「訪問中に戦闘が始まった場合、安全は保証しない」という誓約書にサインをします。戦争が終わっているのではなく「休戦中」でさまざまな休戦協定違反行為を双方が非難の応酬をしている状況では当然です。

S88pmj008_4 板門店全体は休戦協定の協議を行う場です。南側から域内に入って、眺望がきく楼閣の上から撮影したのがまず一枚目の写真です。板門店の「定番写真」です。休戦協定の協議を行う建物が3棟ならんでいます。真ん中のものがメインの会議場です。正面の奥の建物は北朝鮮側のものです。建築様式など一見して1960~70年代の「中国式」です。その建物の脇には北朝鮮の兵士の姿が見えます。終始動かず、無表情でした。

会議場の中は二枚目の写真です(画像処理してあります)。中央にテーブルがあって、マイクのコードが南北の境界を示します。このテーブルのまわりを一周できますから、北朝鮮領内に一瞬ですが入ることができたわけです。

S88pmj010m このテーブルに南北が対峙して、双方の休戦協定違反行為を非難する会議が行われているのです。このような協議で言葉の応酬が繰り返され、北朝鮮側が「ソウルを火の海にする」と言ったというようなニュースが世界に流れます。テーブルの上の旗は、かって、双方が大きさの競争を行って天井に届いてしまったというようなことがあったようで、その後「休戦協定」が結ばれたという説明を受けました。このような張り合いは、例えば板門店から見える場所に大きな塔を建てたり、スピーカーで大音響の宣伝放送をするなど、さまざまな面で見られました。

この写真を撮影したのは1988年で、そのあとベルリンの壁の崩壊、ソ連の解体と共産圏の消滅など「冷戦の終結」と言われる世界史的な動きがありました。しかし、朝鮮半島の情勢は基本的に変わっていません。北朝鮮にレバレッジ(梃子)をもっているのは今でも中国です、中国の役割は重要です。

2010年5月23日 (日)

タイの地域格差と村おこし

個人的なことですが、再来週バンコクで国際会議があるはずでしたが、今回の騒乱で開催が危ぶまれています。

さて、ニュースでも大きく取り上げられたタイの騒乱ですが、背景にあるとされる地域格差についての認識も広がってきました。バンコクと北部、東北部などの地方との間に大きな経済格差あることは30年以上も前から言われてきたことです。もちろん、タイ政府もこれまで様々な地域振興策を打ち出してきましたが、バンコク一極集中の状況に変化はなく、結局地方の産業立地も進みませんでした。バンコクおよびその周辺がアジア全域に広がった生産ネットワークに組み込まれ、さらに金融などのハブの一つとして発展する一方で、農村部は昔ながらの農業が中心で、農産物の生産性や価格が急に上昇するわけでもないですから、所得格差の拡大が止まらない構造を根本的に変えることができなかったのです。

このような状況下、タクシン政権下で地方の振興策が講じられましたが、それが都市住民の反感を招き、現在に至る対立になっています。世界銀行の報告書「東アジアの奇跡―経済成長と政府の役割」(1993/邦訳1994)ではタイを含むアジア諸国の経済発展の要因として、「勝ち組」と「負け組」の分断を生まずに「社会的一体感(social cohesion)」を維持してきたことが指摘されていましたが、タイの場合にはそれが必ずしも堅固でなかったか、いつからか急速に弱体化したようです。プミポン国王の威光の低下も否めません。

タイと日本を比較してみましょう。日本はまず政治的にも地方に議席が多く配分され、都市部住民からは「一票の格差」という批判がありましたが、地方の声が政治に大きく反映されてきたことは事実です。公共事業の予算は地方に手厚く配分され、地方の経済、特に雇用を支えてきました。農産物、特にコメは国際市場から遮断され手厚く保護されてきました。都市の消費者は国際価格の数倍の米価を受け入れてきました。日本の場合は都市から農村に資源の移転が行われ、国民が基本的にそれを支持してきたのです。このシステムは、本来競争力を持つ都市部門を軽視し、非効率な投資を行い、資源配分を歪めているという指摘がなされています。実は、小泉改革も。この問題意識に立って、より競争的な部門に資源を配分することを可能にする改革を進めたはずでした。地方の自立を促す地方財政の改革も進められました。しかし。トータルで地方への資金移転が減ったことに大きな不満が出て、揺り戻しが生じています。「地方衰退」「地方軽視」のキャンペーンには勝てませんでした。日本でも都市と農村の関係は簡単ではありません。

タクシン政権時代に実施された地方振興策として有名なのは「一村一品運動(OTOP:One Tambon One Product)」です。日本の一村一品運動がどちらかと言うと地方の自立を目指す「運動」であったのに、タイの場合には村の発展につながるような戦略商品の開発を目指していました。S2008_080768_2

写真は、私が2008年8月に撮影したもので、タイの南部、北部などで、地域資源を生かした産業開発、地域振興を図る「産業村」プロジェクトです。これに対しては日本もODA資金で支援を行っています。正確にはOTOP運動ではありませんが、同じように地方の自立を目指す活動です。

このときはいくつかの村を回って話を聞きましたが、村の団結力、一体感を強いところでは、商品の開発も進み、収入も徐々に増加してきているという状況でした。商品も伝統的なタイシルクを生かした民芸品、農産加工品あるいは都市から若い人を呼んでくるホームステイ・プログラムなど様々でした。

S2008_080749

一村一品運動は日本初の開発モデルとして、今、世界中に普及させる運動が日本政府の支援のもとに行われています。地域が自ら発展戦略を立ててそれを実行し、また実際の活動を通じて能力向上(capacity development)を目指す、外部の支援はアイデアや市場などの機会にとどめるという方向性は、「内発的発展」の要素を含んでおり、高く評価されなければならないと思います。

一方で限界もあります。それは、よっぽど国際市場で売れる商品でも発見できない限り、基本的には市場は国内の都市であり、都市の消費者に働きかけていかなければならないことです。その意味では都市・地方の格差問題の根本的な解決にはならないかもしれません。

ただ、都市・地方のコミュニケーションを図ることは重要だと思います。タイの混乱・衝突は大変不幸な事態でしたが、都市住民が格差問題と地方振興策に関心を持つようなきっかけになればと思います。

2010年5月21日 (金)

Cash on Delivery (COD) は開発協力の革命になるか?

Cash on Delivery (COD)という新しい援助方式に関心が集まり始めています。

在来型のプロジェクト援助は、プロジェクトの内容と目標を決めて、援助供与側(ドナー)が資金を提供し、地上国側が事業を実施するという形態が代表的でした。しかし、このような個別的方法は、例えば、教育や保健衛生など、国全体で目標を決め成果を実現する必要がある場合には適しているとは言えません。そこで、分野全体を対象に、その政策目標の実現を支援する「セクター・ワイド・アプローチ」あるいは国全体の政策や制度の改善を目指す「財政支援」が10年くらい前から援助の改革の切り札とされ、拡大してきました。

Cash on Delivery (COD)方式の援助とはこれらとは全く逆の発想です。在来のプロジェクト援助や財政支援が事前に決め事後的にそれが達成されたかどうかをチェックする方式であるのに対し、まずドナー側と途上国側で目標について合意して、途上国側がそれを達成したことを確認してから資金を提供するというものです。たとえば、教育プロジェクトでは途上国のある地域で子供たちの成績向上を目標として、途上国側が改善の努力を行い、目標が達成できたかどうかを確認してから、資金の支出を行うというものです。目標の達成に対する報償という位置づけで資金を提供しますから、資金の使途についての制限は緩くなります。

これは、究極の成果重視の援助方式と言えるでしょう。これを提唱しているのは援助問題をメインのテーマとする米国のシンクタンク Center for Global Development (CGD) です。最近NYタイムズのコラムでも取り上げらて一般にも知られるようになってきています。英国で先日政権に返り咲いた保守党の国際開発政策のマニフェストの中でも触れられています。

この方式は、成果の実現、アカウンタビリティーの向上、途上国へのインセンティブによるオーナーシップの向上など、さまざまなメリットが考えられています。一方で、問題として、成果達成評価の客観性をどう担保するか、途上国が最初に事業に着手するときの資金(立ちあがり資金)をどう確保するか、成果が達成できなかった時のドナー側、途上国側双方のリスクの管理など難しい問題があることも事実です。

このうち、成果達成の評価は第三者的な監査機関などの客観的な評価で行うことが提唱されています。途上国の監査機関が行う場合には、どの程度政治的な中立性が担保されているかがカギになるでしょう。立ちあがり資金については、つなぎ融資を活用する方法が考えられます。日本のJICAのように無償援助、有償援助の二つのスキームをもっている場合には、目標達成を条件に有償援助から無償援助へスイッチする方式も考えられます。

一番難しのは成果不達成の場合です。そのような場合には、単に当事者の努力不足だけではなく、経済状況、政治状況の変化などのさまざまな外部条件が影響していることが大きいと思いますので、これをそのように取り扱うかが難問です。二国間援助の場合には、両国間の政治的な緊張を招いてしまう可能性もあります。

このように、期待される効果も課題も多い方式ですが、今後、この新しい援助方式がどのように発展していくか、フォローしながら逐次ご報告いたしたいと思います。

2010年5月19日 (水)

世銀改革・データの公開範囲拡大

今年の春、世界銀行の改革が話題になりました。もっとも注目を浴びたのは増資と途上国シェアの増大で、世銀(第一世銀と言われる国際復興開発銀行)の862億ドルの増資とともに、開発途上国と旧共産圏の移行経済国のシェアを3.13%引き上げて、47.19%にするというものです。これは世銀の運営に途上国の声がより反映されるようになることを目指したものです。日本では中国のシェアが増え発言力が強くなることが大きな話題になっていました。世銀は最大の出資国である米国の影響を強く受けていますが、これは米国オバマ政権の「リベラル」な対外戦略という環境がそれを可能にしたともいえます。

このような、世銀をめぐるバランス・オブ・パワーの話題に隠れてしまったのですが、データ公開範囲の拡大も同時に打ち出されています。公開されるデータが増えるとともに、フランス語、スペイン語、アラビア語でも公開されるというものです。残念ながら日本語はありませんが、データ・ページは早速それに基づいて、再構成されてます。このページのデータのカタログ情報を見ると、利用可能なデータセットが一覧できます。以前の"query"というシステムでデータのダウンロードが可能でしたが、新しいものは、データの種類が格段に増えただけではなく、使い勝手もたいへん良くなりました。エクセルにダウンロードするときも、表のフォーマットなどをあらかじめ指定することができます。

ただ、膨大なデータを駆使できるようになると、やはり目立つのは途上国のデータには「欠損」が多いことです。また、データは基本的には途上国の統計に依存しています。途上国で重要なことは、統計の精度とカバーする範囲を広げることですが、これには人材や人材を育成するシステムが必要です。開発においては”能力向上Capacity Development”が最大の課題ですが、統計分野においても最優先事項の一つです。

統計が誤っていた場合には、国の運営を誤ることにもつながりかねません。ギリシャは先進国ですが、現在のユーロ危機は財政赤字のデータが誤り(虚偽)だったことに端を発しています。 

2010年5月15日 (土)

アフガニスタン:ケシのカビ被害

アフガニスタンは今や世界的なケシの産地、麻薬の製造地になり、世界の90%を供給しています。このため、従来、世界的な産地であったラオス、ミャンマー、タイの「黄金の三角地帯」の競争力が急激に低下し、生産が下火になっているなどという報道もあります(New York Times; No Blowing Smoke: Poppies Fade in Southeast Asia,  September 16, 2007)。アフガニスタンの平和構築にとって、麻薬はタリバンの勢力維持につながっていることから、アフガン政府、NATO軍とも麻薬の除去に力を入れています。

ところで、13日のNYタイムズBBCの報道によれば、このアフガニスタンのケシ栽培が、謎のカビの流行で大きな打撃を受けているそうです。このカビは根に取り付き、アヘン原料が採取できる「芥子坊主」の部分をしぼませてしまうようです。アフガン全土で流行し、この結果、ケシの栽培面積も激減しています。

これはアヘン対策としては一見朗報のように思えますが、必ずしもそうではなさそうです。BBCの報道などをまとめると以下のような問題があるようです。
(1)ケシの被害によって麻薬価格が50%上昇しているが、タリバンは大量の在庫を持っているので、当面はあまり大きな打撃にならない。また、価格上昇はケシ栽培のインセンティブ(誘因)になる、
(2)農民の間では、このカビの原因がNATO軍がまいた農薬によるものだといううわさがひろがっている。これまでも、アフガニスタン政府がケシの撲滅作戦を行うたびに、ケシ栽培を生計手段とする農民がタリバンに保護を求め、この結果タリバンの勢力拡大につながってきた。今回もそうなる可能性がある。
(3)ケシのカビはこれまでも周期的に流行しており、麻薬生産の減少は一過性にすぎない。

アフガニスタンにおいては麻薬に替わる生計手段がないことが安定回復の障害になっています。そこで、2005年にフランスのCentre National de la Recherche Scientifique が、医療用の麻薬用などに、ケシ栽培、麻薬生産を思い切って合法化するしまう提案を行いました。また、さらに進んで世界全体で麻薬の合法化を図るべきだという意見もあります(Economist: 3 March 2009, Failed states and failed policies. How to stop the drug wars)。

前者のアフガニスタン限定の合法化ですが、現在インドなどで行われている合法的な麻薬栽培を導入するものです。誰でも歯医者で治療を受けるとき、外科手術を受ける時には麻薬の御世話になります。いろいろな病気の緩和ケアにも麻薬は重用されます。したがって、大きな需要はあると思いますが、問題はアフガニスタンのような、そもそも政府機構が十分に機能していないところで、きちんとした生産の管理を行うことができるかどうかです。政府の買い上げ価格がタリバンの買い上げ価格より高くないとこの仕組みは有効になりません。

一方、後者の全面合法化ですが、合法化して適切に課税した上で、中毒防止・治療対策に力を入れようというものです。一般に生産価格と販売価格の差の大きな物資(レントの大きな物資)はゲリラや犯罪組織の資金源となりやすく、麻薬・覚せい剤・コカイン、ダイヤモンド、キャビアなどがその例です。米国の禁酒法の時代にギャングが密造酒・密輸酒で大きな利益をあげていたのも同じです。合法化することは、誰でも流通過程に参加し、販売、購入ができるようになりますから、末端の販売価格は大幅に下がります、そうなれば、大きな差額を資金源にしていたグループは財政的に立ちいかなくなります。米国の禁酒法撤廃ではギャングが打撃を受けました。麻薬や覚せい剤などの合法化は、世界の反乱グループ、テロリストの資金獲得を困難にし、あるいは北朝鮮などの違法ビジネスとの関係が指摘されている国に対する実質的な制裁としても有効でしょう。

全面合法化はこのような、かなり魅力的な政策です。しかし、麻薬の全面合法化は、中毒の蔓延につながらないか、そのインパクトが予想できません。かなり冒険ですので、国際的合意を得るのは難しいと思います。ただ、国際的公共政策の優先度を考えるにあたっては、世界にとって現在何が一番脅威あるかを判断する必要があります。「テロリズムの脅威を除去する」ことは、疑いなく、最も優先度の高い政策の一つです。

2010年5月13日 (木)

改革はどのようにして開始されるか(外部要因としての情報・その普及)

Change  Yes We Can!  But How?

1990年代以降、多くの国が社会主義から市場経済に移行する中で、改革や制度の変化がどのように始まるのか、あるいは始めることができる要因は何なのかという議論が活発に行われました。私も関わっているGDN(Global Development Network)でも「改革を理解する(understanding Reform)という国際共同研究がおこなわれました。この国際共同研究の中身については順次紹介していきたいと思います。

改革や制度変化の議論の中では、その変化をもたらす要因(change agent)としての外部者やリーダーシップの役割が重視されています。外部から情報、知識、経験などを持ってきて、現地での問題解決にヒントを与えるのが外部者であるとすると、その情報・知識・経験を現地の状況に適合して関係者の利害を調整しながら改革を強力に推し進めていくのがリーダーです。外部者はより広く「外部要因」と置き換えることができますが、その中でも急激、強烈な「外的ショック」は改革や変化に火をつける要因として重要です。これは、明治維新や戦後改革のような国レベルでも、村おこしのような地域のレベルでも同じです。「おばあちゃんが葉っぱを集めて村おこしに成功した」と話題になる徳島県の上勝町の事例でも、外部要因としては寒波でみかん栽培が壊滅したこと、リーダーシップとしては農協の職員で事業を立ち上げたかたの存在が決定的です。

さて、小泉改革が「終了」してから、その後の民主党政権の対応の混乱もあって、「日本は結局何も変わらない、何も変えることができないのではないか」という政治への閉塞感がありましたが、ここ数週間で少し風向きが変わってきたように思います。それは、消費税引き上げに感情的に抵抗する世論が薄れ、財政赤字に深刻さについての認識が共有されるようになってきているのではないかと思われることです。あくまで、私がそう感じているだけですが。

たとえば、テレビのワイドショーなどで「ギリシャの危機」が取り上げられるようになり、ギリシャの政府の債務残高がGDPの120%くらいであるのに対し、日本は180%とはるかに大きなこと、ギリシャのような危機が国民生活にどのような深刻な状況をもたらすか、国際水準からみればまだ低い消費税の引き上げがなぜ必要なのかというようなテーマが取り扱われるようになってきいます。「みのポリティクス」(みのもんたの発言の世論誘導力が大きく政治家も神経をとがらせている)という言葉もあるようですが、私もワイドショーなどで世論が左右されることについてはやや苦々しく思っていました。ただ、それだけ世論への影響力が大きいのであれば。そこで事実に基づいた正確な情報や多面的な視点が展開されれば、世論が成熟してくる一つのきっかけになると思います。「高速道路無償化」「こども手当」「高校無償化」。このような膨大な財政支出をともなう政策が、どのような社会的目標を達成するのか、その効果は測定可能か、政策目標が適切であるとしてもそれはその目標を達成するために最も適切でもっとも安価な方法か。一般化すれば、政策の妥当性、有効性、効率性、持続性などについて、もっと社会全体で客観的かつ冷静な議論が深まることが、どの政党が政権を担当するにせよ、適切な政策選択に必要だと思います。

その意味で、「ギリシャ危機」は、ギリシャ国民にとってはたいへんなことですが、一種の外部者である「他山の石」として、世界に情報と知識を提供していると思います。

2010年5月10日 (月)

小国が独立するということ

8日の記事で書いた英国の総選挙ですが、まだ政権の行方が決まらないようです。英国は考えてみれば不思議な国です、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドのように英国議会に議員を出している地域のほかに、マン島やチャネル諸島のように、「王室属国」(crown dependency)というステイタスで、外交・軍事は英国にゆだねつつ、英国とは別の国として英国議会に議員を出していない地域もあります。北アイルランドではアルスター銀行の発券するポンドがありますが、マン島でもマンクス銀行が英ポンドと等価の通貨を発行しているようです。

フルセットの国家機構や国民経済の制度を整備するのはたいへんなことです。3月30日の記事で紹介したポール・コリアー教授の最近の著作"Wars, Guns And Vote" (邦訳:「民主主義がアフリカ経済を殺す」)では国家の「規模の経済」を論じています。あまりにも小さな単位の国家は不可欠な国家制度の整備・運用ができす、ガバナンスに問題を生ずるというものです。その意味で、フルセットを目指さないマン島の方式は賢いかもしれません。

私が個人的にかかわったことのある小国は東ティモールです。2004年と2005年に行きました。その時、何人もの方から「あのような小国が独立して何になるんだ」というコメントを聞かされて反発した経験があります。しかし、政治的に独立以外の方策があったのでしょうか? 「東ティモールの独立は白人国家オーストラリアの陰謀だ」とする見方についても、現地の人々の気持ちがわからない粗暴な議論だと思っていましたし、反論もしました。

しかし、冷静に考えてみると長野県ほどの面積で人口80万人(当時)の国づくりが至難なことは認めざるを得ません。しかも、インドネシア撤退時にテクノクラート、エリート層が引き上げ、インフラも破壊された中で、まさに「なにもないところ(スクラッチ)」から始めるという状態でした。治安一つとってみても、警察官、検察官、裁判官、弁護士、刑務所、刑務官、これらに必要な人材を育成する仕組みと資金・・・すべてのものが絶対的に不足していたのです。その結果は2006年に紛争が再燃し、その後も国づくりは難航しています。

東ティモールについては、今後も折に触れて議論していきたいと思いますが。独立が民意だったことは疑い得ないところです。一方で、経済面や制度構築・運用面では、このような小さな国家の独立は極力避けるべきであったことも事実です。東ティモールの事例から小さな国家の創設の非現実性が理解された面もあるのではないかと思います。たとえば、東ティモールの独立がインドネシア各地の分離独立運動に火をつけるという、「パンドラの箱」を懸念する議論も独立時にありましたが、その後の展開は必ずしもそうなっていません。2004年12月に大きな地震と津波の被害を受けたアチェ州では、災害がきっかけになっていますが、独立要求が取り下げられて、「高度な自治」の方向で和平の枠組が作られ進展しています。結局、アチェも東ティモールも問題は大国であるインドネシアの少数派への配慮の問題、つまりガバナンスの問題だったということです。

コリアー教授は、もし「民族自決」を文字通り解釈したら、全世界で8000以上の国家を作らなければならないことを指摘しています。第一次大戦の結果として成立した「民族自決」というスローガンは多くの戦争・内戦を引き起こしてきました。また、いまだに南オセチア、アブハジア、コソボ、タゲスタンなど分離独立が動きが見られます。国家にはある一定規模の大きさが必要です。その一定の規模を持った国家のガバナンス(弱者、少数者に配慮した責任ある統治とアカウンタビリティー)こそが「民族自決」に代わる目標でなければならないと思います。

コリアー教授の著書ですが3月30日に原書を紹介しましたので邦訳のアマゾンへのリンクを下記に張りました。正確な良い訳文でお勧めです。

2010年5月 8日 (土)

シン・フェイン党 登院しない国会議員たち

選挙で当選しても全く登院しない国会議員たちがいる。日本であれば税金の無駄遣いという大批判が巻き起こるでしょうし、懲罰動議が提出されるかもしれません。しかし、そうすることができない国があります。7日に総選挙が行われた英国です。

英国は日本と同じ議院内閣制なので、選挙もわかりやすいです。もちろん日本が基本的に英国に倣っているのですが、その英国総選挙には日本にはない特徴があります。地域政党、特に地域の独立をマニフェストに掲げている政党の存在です。

今回の選挙で6議席を獲得したスコットランド国民党(Scottish National Party)の独立の主張は、背後に北海油田の権益が見え隠れします。資源とナショナリズムの格好の教材を提供しています。ウェールズの地域政党、プライド・カムリ(Plaid Cymru)は今回の選挙で1議席増やして3議席になりました。そのウェールズ語のサイトは全く読めないですが、不思議な魅力があります。しかし、主張の強さでは、北アイルランドのシン・フェイン党(Sinn Fein)にかなう政党はないでしょう。

北アイルランドの住民はカトリック系とプロテスタント系に二分され、19世紀の英国によるアイルランド併合、1920年のアイルランド南北分割とその後の内戦などを経て対立が続いてきました。特に1960年代以降に抗争が激化し、テロの応酬などが続いていました。1990年代半ばに状況が好転し、1998年のベルファスト合意で和平が達成され、その後、政治プロセスには紆余曲折があるものの、武装解除が進み状況は落ち着いています。

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写真は私が2000年の10月にベルファストに行ったときのものです。ちょうど10年前ですが、情勢は落ち着き、街中を歩いても何の問題もありませんでした。ベルファストの町は大変美しく、数十年にわたって内戦が続いてきたとは信じられませんでした。その後、日本をはじめとする外国からの投資も進み、経済的に発展しています。

さて、本題に戻ると、シン・フェイン党ですが、武装闘争を繰り返してきたアイルランド共和国軍(IRA)に関係し、その主張は”アイルランド民族主義”です。北アイルランドの英国からの離脱とアイルランド共和国への併合を求めています。アイルランド共和国(エール)を本拠にするほか、北アイルランド議会、また英国議会にも代表を出しています。英国議会には、2005年の総選挙で5人の議員が当選し、今回も現有議席数を守りました。しかし、英国議会に選出された議員たちはこれまで議会には登院していません。それは議会において「女王陛下」への忠誠の宣誓を拒否しているからです。選挙民も議会で発言できないという不利よりも、女王陛下=英国を拒絶するという意思表示を重視しているのです。シン・フェイン党は当然、カトリックが地域が地盤ですが、英国議会の北アイルランドの全18選挙区のうち5つを押さえ、面積では半分ほどです。現在は平和に見える北アイルランドですが、問題は根深く、緊張をはらんでいます。

このような、分離独立の主張をもった政党やグループと向き合わなければならないことが、英国政府に緊張感を与えていると思います。日本にこのような緊張がないことは幸いかもしれませんが、一方、鳩山政権の沖縄や徳之島に対する対応を見ていると、緊張感がなさすぎるのも、大きな問題ではないでしょうか。

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(筆者撮影:2000年10月)

2010年5月 7日 (金)

部族ごと"犯罪者”のレッテルを貼られた人々(インド)

部族ごと”犯罪者”のレッテルを貼られた人々がいる。そんなショッキングな話がEconomist誌に掲載されています。

問題の部族はインド西部、マハラシュトラ州の山岳部などで生活をしている"Pardhi”(パルディ)族です。もともとは北インドで狩猟をしながら移動をする生計パターンを有していましたが、19世紀の英領時代に、定住農耕民との利害対立が大きくなり、当時の植民地行政から狩猟を禁止され定住による牧畜への転換と納税(塩)を強いられました。この結果、生計手段を失った人々が「盗賊行為」を働き、部族全体が「犯罪者」のレッテルを貼られてしまったというものです。

農耕民と遊牧民・狩猟民は根本的に生活様式、生計手段が異なります。前者が確立した財産権(土地)を前提に生産活動を行うのに対して、後者は無主の草原、森林から生活のための物資を得るのが基本です。したがって、この両者の関係は世界中どこでも複雑・微妙で、紛争の種を潜在的に持っているといえます、

しかし、19世紀の英国植民地主義者は、このような遊牧、狩猟民の生活を「犯罪」としてとらえ、1871年 には"Criminal Tribes Act"(.犯罪部族法)が制定され、同様な生活を営む150部族が指定されるに至ります。

この法律はインド独立後廃止されますが、一度確立した偏見は容易にぬぐえません。Pardhi族の人々は、ほとんどが絶対的貧困状況にあり、まともな収入の手段もないことから、困窮の結果、実際に盗みを行うようなケースが出て、これが「犯罪者」のイメージを強化し、さらに就職など不利になり収入の道を閉ざされるという悪循環に陥ります。

Economist誌では、現在でも日常的に行われている警察のハラスメント行為を取り上げています。全体が犯罪者として見られれているために、理由もなく拘禁されることがしばしばあったり、暴力を受けて被害を警察に届けてもとりあってくれなかったりするというものです。

Pardhiの人々の貧困が最大の問題です。インドでは全国で、貧困層の生計向上運動が行われています。地域資源を利用した農産加工、手工業などで現金収入を獲得することを支援するもので、女性グループなどが活躍し、日本のODAプロジェクトの中にも組み込まれていますが、まだ広大なインドの貧困層全体に届くのには時間がかかると思います。また、このような偏見は、政府が率先して是正しなくてはなりませんが、インドでは積極的是正策(affirmative action)をめぐって賛否の議論があり、一筋縄ではいかないようです。

また、居住地域などの属性であるグループ全体を「犯罪」に結びつけるような発想法は別にインドだけではなく、日本を含め世界中にあると思います。気をつけなければならない点だと思います。

2010年5月 5日 (水)

ケニア憲法改正と米国NGO

BBCの膨大な数のPodcastの一つに"Africa Today" という番組があり、アフリカの出来事を幅広くカバーしています。その中で5月4日に「ケニアの憲法改正に対する反対運動に米国のNGOが資金支援を行い影響力を行使している」ということが取り上げられていました。

ケニアでは植民地時代に制定された憲法を改正する作業が行われており、今年11月に国民投票が行われると発表されているようですが、憲法案に対する反対論も多いようで、その中でも、妊娠中絶に関する条項はキリスト教会が反対していると報じられてきました

BBCの報道は、米国のキリスト教系NGOであるAmerican Center for Law and Justice (ACLJ)が、憲法案に対する教会の反対活動を資金支援していたという事実が明らかになり、ケニア政府が反発しているというものです。このACLJはそのほかにもイスラム法(シャリア)の適用にも反対しているようです。ACLJのサイトにケニアの憲法改正案への意見が掲載されています。ちなみに米国のキリスト教系団体の国際協力への影響は大きく、米国政府としても産児制限をともなう公衆衛生・保健プログラムが実施できない状況です。

ACLJの動きにケニア政府は「外国の不当な干渉」として反発し、さらにこの批判は誤解に基づくもので、改正案は中絶を容認するものではないと反論しています。BBCは、ケニア政府自身も改正案の承認に向けた広報普及活動に外国の支援を受けていることを指摘していますが、インタビューに出たケニア政府高官は、広報活動と反対運動を同一視すべきではないと主張していました。

一国の憲法制定過程に外国の経験や知識を活用することは否定されるべきではないと思います。日本でも日本国憲法ばかりか明治憲法も当時の西欧諸国の憲法を参考にしています。また、外国人がアドバイスすることもそれ自体は問題ないはずです。日本国憲法では、当時GHQに所属していたベアテ・シロタ・ゴードン女史のアドバイスがなければ憲法24条の男女平等条項は実現しなかったのではないかも言われています。

もっとも、日本でも憲法制定過程をこの24条も含め問題にし、「自主憲法制定」を主張している政治勢力があり、これらの人々から第24条の内容自体も「日本の家族制度を破壊した」と非難されていることは周知のとおりです。国際的な人権基準と現地の慣習伝統の間の整合性をどのようにつけていくかは、いつでもどこでも難しい問題だと思います。ケニアの場合、地元のキリスト教会が改正案に反対しているという事実は大きく、それを「外国の支援を受けたプロット」と断罪してしまうのは行きすぎだと思います。一方で、私自身もクリスチャンで中絶には賛成できませんが、ACLJのように中絶反対という特定の宗教的ミッションを普遍の真理として他国に堂々と押し付けていくファンダメンタリズムにもついていけません。それは、今、必要とされている「基本的な人権についての国際的な(ミニマムの)コンセンサスを形成する」上でプラスにならないと思います。

以上、Podcastで聞いた内容なので、確認のためWEBサイトでテキストベースの記事を探しましたが見つかりませんでした。ということで、ニュースのテキストへのリンクはありませんm(__)m。

2010年5月 3日 (月)

イスラム美術の豊かさ

もう一か月以上前になってしまいましたが、タンザニアの帰りにドーハで一泊して、有名なイスラム美術館(Museum of Islamic Art, Doha)に行ってました。イスラム教の成立期から19世紀に至るイベリア半島からインドまでの、絵画、陶磁器、金属器、書道など多彩ない美術品、工芸品が収められています。Simgp2944

そこで驚いたには、それまでの予備知識から得ていた「イスラム教」は偶像崇拝厳禁という言説に矛盾する、さまざま動物や人物などの像の生き生きした表現です。アフガニスタンのタリバンによるバーミヤンの石仏の破壊もまだ生々しい記憶にありますので、いったいこれはどういうことかと考え込んでしまいます。

ただ、考えてみれば、インドでもイスラム文化の系統にある細密画(ミニアチュア)では人物の像が多用されていますので、不思議ではないのかもしれません。イスラム世界は本当は多様な世界であるようです。しかし、イスラムと言うとワンパターンのイメージしか発想できなくなってしまっているのは、西欧経由のオリエンタリズムに気がつかないうちに染まっているともいえます。

Simgp2961

そのほかにもイスラム美術の豊かな収蔵品には圧倒されました。ぜひ再訪したいところです。

ところで偶像崇拝ですが、なぜそれが禁止されるのか? 人間が勝手に作ったものを拝み敬うことの危険性を指摘しているということであれば、むしろ禁止すべきは、動物や人間を描いた美術品や装飾品ではなく、貨幣、権力、アイデンティティなどという人が支配されやすい人工物のことではないでしょうか?権力の正当化に使われやすい「正義」というのもこのような偶像の一種かもしれません。 正義に意味がないというのではありませんが、それが「偶像」ではないか? 無条件で「崇拝」していないか? 他者に「強要」していないか? 振り返る契機をもつことは重要でしょう。 

2010年5月 1日 (土)

ホーキング教授の「異星人とコンタクトするな」

有名な宇宙物理学者のホーキング教授の発言が話題を呼んでいます。「異星人が地球に来るとすると、その目的は資源か移住先であり、敵対的である可能性が大きいのでコンタクトはしない方がよい。コロンブスとのコンタクトが中南米先住民に何をもたらしたを考えるべきである」というのがその要旨です。

この発言の大きなポイントは、地球人と異星人は同じ倫理規範を共有できない存在であるという前提に立っていることです。考えてみると、これまでの人類の歴史は、すべて相互に異質で同じ人間とは承認できない集団同士の接触を中心に発展してきたと言えるかもしれません。もちろん、交通、通商その他のコミュニケーションを通じで「同じ人間だ」と相互に承認される範囲が広がり、集団を超えた人類普遍の道徳や倫理も形成されてきました。自然法思想もそのような普遍的規範です。

しかし、この普遍的規範意識も、15世紀にコロンブスの「新大陸発見」で動揺します。ヨーロッパで議論になったのは聖書にも書かれていない、キリスト教にまったく接触したことのない中南米の先住民を人間として見るかどうかでした。そして、人間としてはみなさない考え方が先住民に対しする大殺戮につながります。これに対し、先住民も人間であるとして虐殺を告発したのがスペイン出身の司祭であったラス・カサスです。その虐殺の告発は有名な「インディアスの破壊についての簡潔な報告」にまとめられています。

SFの設定で「地球防衛軍」というのがあります。もし異星人の襲撃を受けた場合、地球上のあらゆる紛争が棚上げされて、地球防衛で一致団結できるかもしれません。一方で、地球人も異星人も敵に対しては徹底的な殺戮を行うでしょう。それはお互いに同じ倫理規範を共有する「ヒト」であることが承認できないからです。

しかし、異星人を持ち出さなくても、現在、地球上ではいたるとこで、お互いに同質であることを承認できないグループによる殺戮が繰り返されています。アイデンティティを共有するグループの内側では、助け合い赦しあうことができたとしても、グループの外に対しては敵対的で残虐行為も厭わないというのが人間の本性です。その意味で、ホーキング教授の見解は、適切な「地球人の自画像」ということができます。この本性から自由であることは難しいですが、いかにそれについて自覚的であるかによって、悲惨な事態が発生する確率は低くできるのではないかと思います。

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