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2010年4月

2010年4月29日 (木)

危機? どこが危機なんだ!

ギリシャの危機が止まりません。ギリシャの国債の格付けはついに「投機的水準」という評価にまで格下げされ、ユーロ圏の危機はスペインやポルトガルにまで波及しています。EUとIMFがギリシャ救済に乗り出していますが、最大の資金拠出国となるドイツ国内では、借金に依存し、収入をはるかに越えた支出をしてきた(to live beyond their means)ギリシャを救済することには世論の反対が大きいです。

数日前のBBCで紹介されていたのが、ドイツの大衆紙"ビルト(Bild)”に掲載された記事です。原文はドイツ語ですが、英語ではCrisis? What Crisis?  ギリシャの首都、アテネの近郊のカジノでギャンブルに興ずるギリシャの金持ちたちを取材し、「いったいこの光景のどこが危機なんだ!?」と怒りを向けています。誰でも普通に考えれば、救済を受ける前に国内からまず資金を調達して国債を買い支え、また増税をして財政赤字を削減しなければなりません。つまり、カジノで遊ぶ金があるのであれば、まずその金で税金を払い、国債を買い支え、財政支出削減を甘受すればいいわけですから、この怒りは当然でしょう。

一方で、「世界システム論」のウォーラーステイン教授は3月1日のNYタイムズ論説で結局ドイツは最終的にギリシャを救済することになるだろうと予測しています。それは、ドイツにとってギリシャは重要な市場だからです。ギリシャが破産すればそれはドイツの国内産業に跳ね返ります。実は、これは中国の米国の関係でも同じことがいえます。中国が米国と対立しても米国債を売り飛ばすことができないのは、中国にとって米国の過剰消費は貴重な収入源だからです。これが、まさに相互依存ということですが、過剰支出(消費)と借金の連鎖という極めて脆弱な土台の上に立っています。一度、どこかでお金の流れが止まれば、世界各地で「資金の突然停止」が続発し危機を深めてしまうのです。

日本もこの例に漏れません。日本は対外借入には確かに依存していませんが、政府部門の過剰支出を民間が支えている状況です。民主党政権の「郵政反改革」はまさに、今後も政府の過剰支出を支える仕組みを維持しようとする企てで、本質的な危機回避を先送りするだけではなく、将来のリスクを高めています。増税に反対しながら何かがあると政府の措置に依存する国民の対応にも責任があります。

日本も今後高齢化にともいない、貯蓄率が減少し、国債の借り換えが困難になって、ギリシャと同じようなクラッシュが来るかもしれません。「クラッシュが来るか来ないかではなくいつ来るかだ。10年以内だろう」という厳しい観測も外国メディアで出始めています。

2010年4月26日 (月)

”Gendercide” 途上国に広まる女児抹殺の深刻さ

1990年代、インドの街角で"Ultrasound" という看板をかけた診療所をよく見るようになりました。超音波診断です。ご存じのように、現在では超音波診断で生まれてくる子供が男か女か判別がつくようになっています。これが、中国、インドをはじめとする途上国で女児の中絶を誘発し、適正な男女比が崩れるという深刻な問題が起こりつつあります。

この問題はアマルティア・セン教授なども早くから指摘していましたが、先月のロンドンEconomist誌が特集を組んで警鐘を鳴らしています。 それによれば、自然状態の比率が女性1に対して男性1.05であるのに対し、中国は1.24に達しており、インドや韓国などもこの比率を大きく超えているというのです。この要因としては(1)伝統的な男子優先の考え方、(2)経済的理由などから子供の数を少なくしたいという志向の広がり、(3)超音波技術の進歩で安価な診断が可能になったこと、などが挙げられていますが、中国の場合には明らかに「一人っ子政策」がもたらした歪みであることについて異論はないでしょう。インドの場合にも「ダウリ」といわれる持参金制度が女児を持つ親の負担を大きくしていることが大きな要因の一つであることには疑いをはさむ余地はないでしょう。

問題は、男女比がこのまま歪んでいってしまった場合に何が起こるかです。やや古いですが2006年2月のForeign Policy誌にMartin Walter氏による"The Geopolitics of Sexual Frustration"(性的欲求不満の地政学)という興味深い論考が掲載されています。それによれば、中国では今後、男性の欲求不満が犯罪率の増加、そのほかの社会不安要因になり、さらには暴力的な政治運動にも結びつきかねないとして、1850年代に、太平天国の乱を同時期に中国の南部で発生した「捻軍蜂起」と当時の人口比を分析した研究などを紹介しています。

もちろん、これはなんらのデータや根拠が明確に示されている話ではなく、憶測にすぎないかもしれません。こんな話をすると、独身男性の皆さんは怒ってしまうかもしれませんが、家庭をもつと男性は急激に保守化し冒険をしなくなりますので、まったく絵空事と切り捨ていることはできないと思います。国際政治的には、排外主義や対外的な冒険主義に結び付く危険性、あるいは少なくともそれを抑制する要因にはならないことを考えておいた方がよいと思います。また、将来は、家庭によるセーフティネットが受けられない層が増えることなりますから、福祉、さらには財政に与える影響も深刻だと思います。

いずれにしても、女の子たちがこの世の光を見ることなく闇に葬られているのは大変悲惨なことです。究極的な解決方法は、男子優先の考え方をやめ、女性の権利、人権、価値を尊重することしかありません。しかし、こういう議論では、同じように女性の人権を侵害している「女性性器切除(FGM:femeal genital mutilation)」も同様ですが常に「伝統・文化」との衝突になります。貧困が減り生活が豊かになり問題は緩和されていくことを期待したいですが、上記Economistによれば、韓国、台湾など所得が高い国でも男女比の歪みがあることを指摘しています。問題解決は容易ではないようです。。

この問題に取り組んでいるNGOもたくさんあります。個人の意識の変革と地道な主張、運動で対処していくしか、さしあたりは有効な解決法はないようです。

2010年4月24日 (土)

独立行政法人と事業仕分け

昨日の続きです。昨日(23日)の事業仕分けの議論が、少なくともJICAに関する限り昨年秋より進化していると考える理由は、独立行政法人あるいはその実施する事業の目的は何で、活動の成果としてその目的が達成されたかどうか、という「成果管理」の議論に近づいてきていることです。

開発援助の世界では、プロジェクト・デザイン・マトリクス(Project Design Matrix:PDM)という体系図を書くことが普通に行われています。これは投入(Input)/活動(activity)→成果(output)→プロジェクト目標(outcome)→上位目標(impact)の論理的構造で事業を整理するものです。たとえば、ある農村に道路を建設するプロジェクトを考えれば、資材・労働を「投入」して道路を建設する(活動)→道路が完成し交通が便利になる(成果)→仕事に行く機会が増えて収入が増える(プロジェクト目標)→貧困状況から脱却できる(上位目標)というような体系です。「上位目標」は多くは、「政策」と言い換えてもよいと思いますが、多くのプロジェクトが整合的に実施されて達成されるものです。

事業仕分けに戻れば、ひとつひとつの事業が成果をあげて当初の目標を達成したどうかが、まず問われなければならない点です。その次に、その成果が最少費用で実施されたかどうか、民間資金ではなく公的資金を使う必要があったかどうか、などと続きます。これまでの事業仕分けは後2者の議論ばかりでしたが、ようやく成果と目標の管理の議論にたどり着きつつあるという状況だと思います。政策や事業の評価体系の中に位置づける段階にあと一歩まで来ているということで、評価できる点です。

独立行政法人は、もともと、行政のうち成果を取り出しやすい事業を行政本体から切り離し、裁量を与えて目的の達成(成果の管理)と効率性の確保を目的にしたものでした。欧米などで先行した「エージェンシー化」にならったものです。仕分けでは「経費」や「天下り」が議論の中心になっているので、どうも「独立行政法人」自体がよくない存在のように報道され、一般にもそう理解されているのではないかと危惧しています。仕分けの本丸は政府の活動そのものです。そのためには、さらに「エージェンシー化」を進めるとともに、予算と計画を対応させるための措置、たとえば予算の、プログラム化や中期予算の策定に取り組まなくてはなりませんが、この話は専門的になるので、また機会を改めます。

2010年4月23日 (金)

JICAの事業仕分け

いよいよ事業仕分けの第2弾が始まり、国際協力機構(JICA)の事業仕分けが本日行われました。私も一部始終をインターネット中継で見ていました。本日の最大のヤマは、日本の国際協力のなかで主要な位置を占める円借款(有償資金協力)の仕分けです。

結論ですが、予想以上に質の高い議論が展開されていました。まず、仕分け人から貸し付け方式の国際協力が、返済の必要がない無償の協力と違って、相手国の「自助努力を支援する」という日本の国際協力の目標に一致しているという認識が示されました。円借款の仕組みや意義についての理解が共有されていたことはその後の議論の展開に大きなプラスだったと思います。

仕分け人からの指摘は、評価、評価のフィードバック、NGOとの連携などよいポイントをついていたと思います。特に注目されたのは、「円借款というものは借金の返済が適切に行われればよいというのではなく、途上国の人々にどれだけ利益になったのかが重要である」「日本の国際協力の目的は現地の人々の福祉の向上ではないか」という趣旨の質問、コメントがなされて、それに対応したやりとりが行われていたことです。

援助のアカウンタビリティーについては、開発途上国も先進国も、資金(税金)を払う人々、援助を受ける人々の双方にその責任を負うという「相互アカウンタビリティー」の考え方が世界的に確立しつつあります。一方、これまで、日本における援助の議論では、「援助が日本の国益にどの程度寄与するのか」、「日本の顔をどの程度見せることができるのか」というような、援助を出す側の論理が強く、特にODA大綱の改正に向けた議論が行われた2000年以降に顕著でした。OECDの対日援助審査(2003)でも、「日本の援助は国益を重視しすぎる」という懸念が示されたくらいです。

今回の仕分けの議論のように「日本の国際協力の目的は途上国の人々の福祉の向上である」という共通認識が確立されれば、日本の国際協力もかなり良い方向に進化していくのではないかと期待できます。

結果として有償資金協力(円借款)は現状維持になりました。一方、JICAの経費などをめぐる議論は相変わらず「重箱の隅」「上げ足とり」で若干失望しましたが・・・・

2010年4月22日 (木)

アイスランドの噴火とアフリカ経済

アイスランドの火山噴火による航空機の運航停止は、旅客への影響だけではなく、航空貨物が支障されたことによる産業への影響が出てきています。世界中に生産ネットワークが張り巡らされている現在、その一つのルートでも止まると、大きな影響が出てきます。

アフリカ諸国、特にケニア、エチオピア、ルワンダ、ザンビアなどの国々ではここ数年、バラを中心とした切り花の生産と輸出が伸びてきました。「花卉(かき)産業」です。S2007_032748_3  写真は2007年にケニアであるバラ生産企業を訪問したときのものです。オランダ系の企業でナイロビ郊外の広大な土地に、バラの生産拠点を設けていました。ここでは、苗木の生産も行い、一部の苗木はルワンダなどにも輸出されていました。

S2007_032771

毎日、開花寸前にバラの枝を切り取り、刺を処理して紙で包み、10本程度にまとめた束を作り空港からヨーロッパに輸出しています。花の輸出は、当然のことながら鮮度が勝負です。 日本にもアフリカ産のバラが輸入されてきていますが、当時は検疫などの理由で、ケニアから直接日本に運ぶのではなく、一旦オランダに運んだあと、オランダから日本に輸出されているとのことでした。

当然のことながらバラなどの花は鮮度が勝負です。航空貨物の遅れは致命傷になります。BBCでも、航空便が運休しているために、鮮度保証期間内に末端の市場まで届くことが望めず、空港から返送されて廃棄処分にされており、その損害額はケニアだけで1日3百万ドル(約3億円)になることが報じられています。同様の問題はザンビアなどでも生じているようです。花卉産業の雇用創出効果や後方連関効果はそれほど大きくないのではないかという指摘もありますが、それでも雇用や経済全体に与える影響が懸念されます。

アフリカの花卉産業はグローバル化によってチャンスをつかみ、産業発展を通じて雇用創出、さらには貧困削減につなげていく好例とこれまで考えていましたが、意外な脆弱性がありました。リスクへの対処も同時に考えていかなければならないということだと思います。

2010年4月16日 (金)

「第三世界」の終焉(ゼーリック世銀総裁スピーチ)

核サミットで鳩山首相とオバマ大統領の会談が非公式で10分間しかなかったこと、これに対して中国の胡錦涛国家主席との公式会談が30分も行われたことをとらえて、米国ワシントン・ポスト紙が「最大の敗者は日本」と評し、またそれに対し日本政府も反応しています。日本では普天間基地移転の問題と関係づけられて報道されていますが、もっと大きな要因としては経済問題でしょう。リーマンショック後の中国の回復は急速で、昨年度は11%を超える成長率を達成したと報じられています。かつて日本は世界経済の機関車と言われていましたが、その役割は中国にとって代わられ、見る影もありません。

4月14日に世銀のぜーリック総裁が行ったスピーチが注目されてされています。新興諸国の台頭によって、先進国を中心に構成されてきた世界秩序が根本的に変わりつつあること、新興諸国、途上国を含めた世界的な国際協調が問題対処のために必要である、というのがメッセージです。まず、ぜーリック氏は「途上国の輸入は危機以前の最高値を2%上回っているのに高所得国のそれは19%も下回っている」「アジアの株式市場の時価総額は世界全体の32%に達し、米国の30%、欧州の25%を凌駕している」などの具体例を挙げて、いまや、インド、中国などの新興諸国は市場として世界経済の不可欠な部分になっていることを強調します。

また中東諸国は資金供給者としての位置を確立していること、アフリカも成長が著しいことに触れ、特にアフリカについては、「アフリカの人口の80%を占める1日2ドル未満で暮らす貧困層が基本的な消費財を購入できるだけの収入を得られるようにすべきである」として、もし所得が向上すれば、これによって生産、消費の両面でアフリカが大きな市場になりうることを示唆しています。

ぜーリック氏は、今回の経済危機が(1929年のケースと異なり)比較的短期間で乗り越えられつつあることについて、これら新興諸国を含めた”G20”の国際協調が有効であったことを強調しています。もはや、G7=先進国によって世界の問題に対処できる時代ではなくなってきているのです。先進国・途上国、援助国:被援助国というような伝統的な枠組で世界をとらえることができなくなってきている:1989年が社会主義圏の崩壊で「第二世界」の終焉を意味するならば、2009年は「第三世界」の終焉の年とすべきである、とゼーリック氏は結論づけます。

このスピーチは最後に、国際協調の重要性を再度強調しつつ、その担い手として国民国家に加えて企業、個人、NGOなどの柔軟なネットワークに期待しています。これは、私が現在携わっているGDNのミッションそのものです。私自身、ネットワークの役割のこの議論には強く賛同したいと思います。

スピーチの日本語版はこちらです。

日本人は日本をまだ「先進国」と思っているでしょうか。G7のメンバーであることを日本人は日本が先進国であることの証としてきました。しかし、そのG7の無力化は、ぜーリック氏の指摘を待つまでもなく既に明らかになってきています。先進国も途上国もないフラット化された世界は厳しい競争の世界で、そこで存在感を示すのは容易ではありません。日本人の自己認識と覚悟が問われています。

2010年4月14日 (水)

アフリカとMDGs

1990年を基準に2015年までに貧困を半減することなどを目標とするミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGS)に関しては、全世界的に見れば目標達成は可能であるものの、アフリカ(サブサハラ・アフリカ)に関しては大きく目標を下回っている(off-ttrack)という評価が一般的です。

しかし、世界銀行のアフリカ担当チーフエコノミストのシャンタ・デヴァラジャン(Shanta Deverajan)氏によれば、アフリカもMDGs目標達成に向けて、ここ数年大きく前進していることが指摘されています。同氏は、これは1990年代後半以降の急速な経済成長と、公共サービスの改善によるところが大きく、リーマンショックでは大きな影響を受けたものの、その後の政府の対応が適切だったことなどの要因を挙げています。

確かに、アフリカ全体では経済成長率は伸びてきています。特に、スーダン、赤道ギニア、ナイジェリア、ブルキナファソ、ザンビアなどの経済成長率は高く、一人当たりGNIも急速に上昇してきています。スーダンなどの資源国の場合には資源輸出が貢献していることは明らかですが、その周辺諸国も資源国の発展に引っ張られていること、リーマンショック以降の世界的経済停滞の影響が比較的少なく急速に回復している中国が市場として大きな位置を占めるようになってきていることなどが要因としてすぐ考えられます。

中国もこのあたりはよくわかっていて、数日前のBBCのインタビューに出ていた中国のアフリカ担当特使も、中国のアフリカ進出はMDGs達成に貢献していると述べていました。中国の説明は、中国のアフリカ進出による政治的影響力拡大は結果であって目的ではないということです。確かにMDGsに貢献していることが示されれば、日本や欧州などのOECD諸国も文句は言えない状況になります。

アフリカがデヴァラジャン氏のいうように急速に発展していることは事実ですが、もう少し詳しく見ていかなければならないのは、アフリカ全体としてそうであっても、国別の差、また一つの国の中での地域間の格差、特にエスニック・グループ間の格差をよく見る必要があることです。また、中国の進出がアフリカ地域にどのような政治的インパクトを持つかについても今後関心を持たなければなりません。大統領選挙が行われているスーダンでは現職のバシール大統領の再選がほび確実な状況ですが、ダルフール問題で国際刑事裁判所から訴追もされている同大統領が強気でいられるのは中国の存在があることは明らかです。地域のガバナンスへの影響は重要です。

2010年4月11日 (日)

気候変動史観とグローバル・ガバナンス

人間の歴史を動かす原動力は何だったのか? 外部条件としての自然的制約条件に対して人間の働きかけとしての制度や技術のイノベーションがあり、これらの相互作用が原動力だったという「無難な」説明を私も授業などでしています。その自然的な外部条件として気候あるいは気候変動があることに疑う余地はないと思います。これまでも古代の民族移動などの直接、間接の要因として気候変動が挙げられてきました。気候と文明に関してはハンチントン(1922)の先駆的な著作があります(原著は約90年前のもので、当時支配的だった西欧優先思想から免れていない点は要注意ですが)。、

気候と文明 (1938年) (岩波文庫)

最近出版された田家康著「気候文明史」(日本経済新聞出版社)は興味深く読める本です。この本は気候変動と文明の変遷に関する多くの研究が網羅された総論のスタイルをとっていますので、個々の事象については掲載されている参考文献へのガイドとしても便利です。「江戸時代の寒冷化によって東北地方の冷害が生じたが、これが東日本を経済基盤とする徳川幕府の、薩長土肥などの西日本諸藩に対する弱体化を招き、明治維新につながった」というような指摘は、もう少し実証がほしいですが、仮説としては大変面白いです。気候変動は長期的な地球規模のサイクルであって、人間の活動による二酸化炭素排出だけが気候変動を招いているのではないことを示している点では「温暖化懐疑論」と共通ですが、人間活動による炭酸ガス増加が急激な気候変動を招く危険性も排除しておらず、バランスのとれた議論としても評価できます。

開発問題の関連でいえば、気候変動は、それが人間の活動によるか否かにかかわらず、降水量の変動を通じて農業生産に影響を与えることが重要です。そのほかにも影響を被る産業はありますが、低所得の開発途上国では6割以上の人口が農業に従事していること、貧困層の家計消費にとって食糧の占める割合が極めて大きいことからも、降水量とそれに伴う農業生産の変動は途上国の貧困層に深刻な影響を与える危険性があります。

もっとも、2~3年前の食糧価格の高騰に際に明らかになったように、作物の種類によっては価格高騰のメリットを受けられるなど影響の深刻度は地域や生計、消費のパターンによって大きく異なります。開発途上国の気候変動の問題に関しては「緩和mitigation」だけではなく「適応adaptation」の両面の対応が必要ですが、今後の気候変動によって「きわめて深刻な影響を受けるところ」「深刻ではあるが対処可能なところ」「むしろメリットを受けるところ」など、国や地方によってその影響はさまざまでしょう。

食糧に関しては、一国レベルの「食糧安全保障」がどこの国でも政策課題とされ、支援策もその線上で考えられています、しかし、このような対応は一国レベルでの食糧囲い込みを誘発するばかりではなく、気候変動によって受ける影響が千差万別であることを考えると、緩和や適応に関する国際合意や行動を困難にしてしまうリスクがあります。今、重要なことは、世界レベルの協力を通じて、緩和や適応の対策に強力するとともに、農産物(食糧)の自由かつ公正な貿易を通じて世界レベルでの食糧需給の安定化を図ること、もっとも深刻な影響を受けた国々や人々に対して支援を行っていく体制を確立することなどです。言い換えれば、気候変動に体操するために総合的な「グローバル・ガバナンス」が必要とされているということです。WTOのドーハラウンドのアジェンダはグローバルな規模で高い次元の課題に進化させていくことが必要です。

2010年4月 7日 (水)

開発途上国では携帯電話はどのように使われているのか

4月4日の記事に携帯電話のことを書きました。現在全世界で25億~30億台使われており、その80%以上がGSM方式です。アジアでもアフリカでも、農村にまで携帯電話が普及していて、SIMカードやプリペイドカードの販売、充電サービスなどが小規模なビジネスとして所得を生み出しています。

携帯電話の普及のもたらす効果に関しては、JICA研究所の武藤氏と政策研究大学院の山野氏による研究「携帯電話がアフリカの農家の市場参加に与える影響:ウガンダのパネルデータより」が注目されます。これによれば、バナナなど鮮度が重要な商品の生産に、市場の情報が電話によってプラスの影響が出ていることが明らかになっています。

私が現在調査を進めているタンザニアの農村では、生産やその他のビジネス活動にはまだ顕著な効果は観察されていません。バナナのような生鮮食品を生産していないことのほかに、農民が自らの輸送手段を持っていないことも大きな理由です。携帯電話の用途は遠くに暮らす親族とのコミュニケーションが大部分で、都市への出稼ぎに伴う家族のきずなの弱体化を補い、所得機会の獲得と家族関係の安定というプラスの効果をもたらしていると考えられます。携帯電話の開発途上国にもたらす効果は、個別具体的な事例に即して調査を進めていかなければならないと思います。

CGD(Center for Global Development)のサイトに、インド系タンザニア人、ラケシュ・ラジャニ氏のインタビューが掲載されています、同氏によれば、携帯電話が市民の情報入手手段を多様化し、権力者による情報の独占を打ち破るという民主化促進やアカウンタビリティ向上の機能を強調しています。権力側にとって情報の独占は権力維持のために重要な手段です。このことは、北朝鮮が一般市民の携帯電話の保有を制限していることからもよくわかります。

まったく、違う話に思われるかもしれませんが、日本で大人が子供の携帯電話の使用を快く思わなかったり、社内でインターネットやe-mailの使用を制限するような動きに背景には、「秩序を維持したい」と思っている側が、情報の入手手段を制限してそれを秩序維持を容易にしようとする意図が見え隠れします。そう考えると議論に新たな見方ができます。

なお上記のCDGのサイトで議論されている、新たな援助の考え方”Cash on Dekivery"については今後、順次このブログで議論を展開していきたいと思います。

2010年4月 6日 (火)

IDとパスワードを外しました

皆様

アクセスされてお気づきになられたと思いますが、本格的にブログを展開するために今日から、サイトのID/パスワードによる保護をはずしました。国際開発や国際関係を語る場として発展させていきたいと思います。積極的なご発言、コメントをお待ちしています。

2010年4月 5日 (月)

携帯電話の世界標準

(1)空港に着くと、たくさんの携帯電話会社のブースがある。そこに行って、SIMカードを購入する。
(2)クレジット・カードぐらいの大きさのプラスチックカードの真ん中に2cm×1cmくらいの切込みを入れた部分Sdsc_0226にICチップが埋め込まれている。
(3)このICチップの部分を切り取って、携帯電話に差し込む。

これだけの操作で携帯電話はその国の番号で国内通話として使用できます。あとは、プリペイド・カードを購入して、そこに記載されている番号を送信するだけで使用可能度数の積み増しができます。このような方法をとったほうが、国際ローミングで通話するより、はるかに経済的なことが多いです。プリペイドカードは、町のどこでも売っています。写真はウガンダ、タンザニアなどのSIMカードとそれを使用するGSM携帯(Nokia製)です。GSM携帯は海外出張の必需品です。

このような簡便、経済的なSIMカード差し替えですが、これができない国がいくつかあります。その一つは日本です。

日本では、第二世代携帯電話(2G)がPDCという日本独自の(NTTの)規格であったため、国際的に互換性を持ちませんでした。GSMを採用しなかった国は日本と韓国です。現在、世界中で25億~30億人が携帯電話を使用しているといわれていますが、その8割はGSM方式です。基地局が比較的安価にできること、携帯端末もかなり安いことが普及の理由です。途上国で普及させるためにはとにかく価格が安いことが絶対条件で、機能が高度かどうかではありません。

第三世代携帯電話(3G)では日本も国際標準規格(CDMA)を採用しましたが、電話機側に特定のSIMカードしか使えないという「SIMロック」がかけられていて、まだ完全な互換性の確立には至っていません。ドコモやAUなどのキャリアによる端末メーカーへの補助金とキャリアの要望に沿ったメーカー側での端末開発とセットになった、独特の「生態系」として、日本の「ガラパゴス化」(世界標準からの乖離)として、よく例に挙げられます。

しかし、ここに来て、ようやく総務省が、SIMロックの解除に向けた指針を発表しました。iPadの発売などで、SIMカードを差し替えて使用したり、SIMカード単体販売したりする必要性を見越した動きと思います。遅きに失したと思いますし、発売後半年~1年に経過期間を置くなど、まだ不十分な点もありますが、方向性としては評価できます。

携帯電話に限らず、「日本独自の生態系」を発展してきたシステムはほかにも山ほどあります。乖離をはっきり認識すること、メリットとデメリットをよく考えること、もしメリットがあるのであれば今後の世界標準として世界に主張していくこと、デメリットの方が大きければ、世界標準に改めていくこと・・・・重要なことは世界と自らを照合させていくことです。

それにしても、日本に来る外国人は不便です。”Yokoso Japan” のキャッチフレーズが泣いています。いまからでも遅くないからGSMのネットワークを作れないでしょうか。通話とSMS(ショートメール)くらいしかできませんが、むしろ、国内でも「子供に持たせる携帯」として推奨できるのではないかと思います。

SIM Card=Subscriber Identity Module Card

2010年4月 2日 (金)

BBC報道「シェイクスピアはフランス人だった」

私はニュースソースとしてBBCを高く評価しています。世界中のニュースを網羅していること、キャスターのインタビューの突っ込みが極めて厳しいことなど、日本のマスコミにはない特徴があります。"Hard Talk"という報道番組がありますが。日本の対談番組のように双方が調子を合わせてあまり「論争」が見られないのと異なり、今にも殴りあいになるのではないかと思わせるぐらいの緊迫したやり取りが続きます。それでも、本当に殴り合いにならず、握手で終わるのが実に英国流だと思います。

そのBBCで、昨日「シェイクスピアはフランス人だった」というスクープをやっていました。16世紀に、メアリー・スチュワートというスコットランド女王がいました、フランス、スコットランドイングランドと亡命を繰り返し、最後はエリザベスI世に対する反乱で1587年に処刑されます。実はシェイクピアの母親がメアリーと関係の深いフランス人だったことが判明し、したがってシェイクスピアは実はフランス人だったことが明らかになったというものです。報道ではフランスの元文化大臣(現国会議員)が登場してコメントをするなど、久しぶりに、文化面での大ニュースと色めきたったのです・・・・・・・が、どうも腑に落ちないでいると、結局これがエイプリル・フールであるという種明かしがでてきました。

ここまでスマートなエイプリル・フールは見事だと思います。協力したフランスの元大臣も「エスプリ」ですね。

ところで、同じ日のBBCニュースで、アフガニスタンの選挙で、外国人による大規模な不正があったとの報道がなされていました。国連やEUが、大規模な偽装工作に行い、国連やEUの言うことをよく聞くレジームづくりを狙った「傀儡工作」を行ったと、カルザイ大統領が非難したというものです。これに対して国連副代表のガルブレイス氏は「エイプリル・フールの冗談かと思った」として、このような非難はばかげているとしています。

まだ真偽はわかりませんが、日本では、国連は正義の味方のように考えられているため、それが大規模な不正工作をかかわるなどということは、議論の前に「考えられない」こととされるでしょう。しかし、国連も大国の国益の妥協の産物として構成され行動している現実感覚に立てば、少なくとも「そのようなことはあり得ない」と切り捨てことはできないと思います。

数日前に紹介したポール・コリアー教授の論点は、国民形成が遅れており、安定化を達成していない状況での選挙の実施は、かえって混乱し危険であるということです。「選挙の実施すれば民主化・安定化が達成される」「国連は常に正義の立場から介入している」・・・・このような検証されていない前提に寄りかかかることは、目を曇らせるだけの効果しかありません。

正義の味方はアンパンマンだけでたくさんです。

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